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2023.09.26

新都市生活を提案。地域とつながり、5年先の未来を描く「未来定番研究所」

新都市生活を提案。地域とつながり、5年先の未来を描く「未来定番研究所」
大丸松坂屋百貨店の創造型マーケティング組織として、2017年3月1日に発足し、唯一無二の存在感を発揮している未来定番研究所。創業400年を誇る百貨店のDNAを受け継ぐ研究員たちが、その名の通り、未来の定番になりそうなモノ・コトを発掘し、発信しています。 2023年6月に、生ごみを堆肥にする「コンポスト」の普及に向けて、大丸松坂屋百貨店と東京都台東区、コンポストの商品開発を手掛けるローカルフードサイクリング(LFC)の三者協定を締結した際には、未来定番研究所が中心的な役割を担いました。社長直轄の研究機関であり、関わるプロジェクトは多岐にわたるとのこと。具体的にどのような活動を展開しているのでしょうか。所長の笠井裕子さんと中島実月さん、そして協業するLFC代表のたいら由以子さんと平希井さんに話を聞きました。

取材・執筆:末吉陽子 撮影:小野奈那子

 

研究員の興味と熱意を起点に5年先の定番を考える


 

――最初に、未来定番研究所のミッションについてお聞かせください。

 

未来定番研究所 所長 笠井裕子(以下、笠井):ミッションは正確にお伝えすると、「5年先の未来の定番となるモノやコトを発明する」と対外的に発信しています。10年、20年先は、なかなかイメージしにくいですが、5年先の未来は今この瞬間からイメージしやすく 、かつ自分事化して思考できます。

 

未来の定番になりうるタネは無限に存在しますが、「百貨店人」として培ってきた審美眼で見極め、「私たちはこれを定番にしたいと思っています」と提案することを重視。流行の後追いではなく、先取りをして作り出す、そしてそのタネが定番になるように育てるところまで担います。

 

百貨店の「百」には、「たくさん」という意味も含まれているため、ジャンルにとらわれずに、色々な角度から未来の定番を探求しています。トップダウンで「このジャンルを探求してほしい」と指示されて動くことはなく、生活者でもある一人ひとり研究員の興味関心や熱意を重視して活動しています。

 

 

建物の写真

未来定番研究所の拠点は、台東区谷中にある築約100年の古民家。研究員たちは、日本の生活文化を現代に受け継ぐ伝統的な家屋で日々未来を模索している

 

 

――百貨店発で、暮らしの当たり前をつくろうとチャレンジされているわけですね。

 

笠井:はい、おっしゃる通りです。ただ、一般的にイメージする当たり前とは、ちょっと異なるかもしれません。

 

現在、人々の志向は細分化の一途をたどっており、何を自分の定番とするか、千差万別です。そのため、「誰にとっても」というよりは、まずは「一人ひとりの『誰か』にとっての当たり前」を尊重し、小さくても熱狂的なマーケットを創出したい。そして、その当たり前が拡大し、誰しも定番と感じるモノやコトになれば良いと思っています。

 

未来定番研究所の笠井さんが話している写真

未来定番研究所所長の笠井裕子さん(左)「皆が求めるマーケットを追うのではなく、マーケットをつくりたい」と話す

 

――具体的に、どのような活動を展開されているのでしょうか?

 

笠井:オウンドメディア「FUTURE IS NOW(F.I.N.)」の運営、谷中事務所を活用したコミュニティ、イベントの企画・運営、多様な業種や地域住民の方たちとのコラボレーションによる新しいサービスの開発など幅広いです。

 

例えば、私たちが「時代の目利き」である様々な業界のイノベーターを取材するF.I.N.は、情報発信だけではなく、取材を通して情報を得ることも目的のひとつ。記事を制作するだけではなく、定期的に過去の取材結果を整理し、イノベーターたちの価値観を分析しています。

 

イノベーターの活動やアウトプットを知りたい人は、たくさんいると思います。ただ、私たちは、未来について思考したいので、いま何をしているのかよりも、「なぜそれをしているのか」「なぜ自分がやらなくてはいけないと思っているのか」という活動の根本にある価値観をインタビューで深掘りし、どのような価値観が生まれているのか、未来の兆しを探求することを意識しています。

 

 

コンポストから広がる未来。台東区・LFCとの協定が「定番」を後押し


 

――2023年6月は、大丸松坂屋百貨店は台東区・LFC社と「循環型ライフスタイルへの転換に向けた協定」を締結しました。この協定は、未来定番研究所の探求がきっかけになったと伺っています。発端や経緯について教えてください。

 

未来定番研究所 中島実月(以下、中島):2020年12月に、コンポストに関する雑誌の記事を見つけました。コンポストとは、堆肥をつくる容器のこと。私はマンションで生まれ育ったこともあって、生ごみは捨てるものであり、何かに活かす発想は皆無だったんです。そもそも野菜くずなどの生ごみや落ち葉などを自宅で堆肥にできることに衝撃を受けました。

 

すぐに調べてみると、何千年も前から続く暮らしの文化様式であることが分かり、興味津々に。なかでも、都会のベランダでも実践できるなど、現代の暮らしにコンポストをインストールしている「LFCコンポスト」が魅力的で、もっと深く知りたいと、LFC代表のたいら由以子さんにコンタクトを取り、未来定番研究所が主催する未来の暮らしのヒントやタネについて考えるコミュニケーションの場「未来定番サロン」への登壇をオファーしました。

 

そのイベントで、改めてコンポストの歴史の奥深さ、現代のローカルコミュニティ形成のキーになること、捨てることに罪悪感を覚える現代人の価値観にぴったりだと思い、百貨店が提案すべき領域として研究を進めることになりました。

 

未来定番研究所の中島さんが話している写真

未来定番研究所の中島実月さん(左)「生ごみがなくなることが信じられなかった」とコンポストの存在を知ったときの驚きを振り返る

 

――先ほど、笠井さんが未来定番研究所の活動は「生活者でもある一人ひとりの研究員の興味関心や熱意を重視」とお話されていましたが、コンポストに関しては中島さんが起点になられたのですね。それから協定の締結までどのように活動が展開していったのでしょうか?

 

中島:2022年6月から、LFC社と未来定番研究所でコンポストについて学ぶ講座や堆肥回収会など実施する実証実験「未来定番コンポストイベント」をスタートしました。それから半年ほど経った頃、台東区清掃リサイクル課の方から、未来定番研究所にコンタクトがありました。

 

笠井:聞いた話では、コンポストユーザーの住民の方が、未来定番研究所のイベントについて台東区に伝えてくださったそうです。それもひとつのきっかけとなったようで、イベントを視察されることになりました。

 

 

コンポストイベントの写真

(左)微生物が生ごみを分解するため電気を使わないLFCコンポスト。ペットボトル・廃プラスチックの再生生地を素材につかったおしゃれなバックは、都市生活にも馴染みやすい(右)2023年8月に開催した未来定番コンポストイベントの様子。LFC社のスタッフが堆肥を見ながらアドバイス。受け取った堆肥は、東京近郊の畑で使用する

 

 

野菜や加工食品が並んでいる写真

イベントではLFCが回収した堆肥で農家さんがつくった野菜や加工食品、台東区蔵前のアップサイクルモデルのコーヒー、鶯谷で採れたハチミツなど資源の循環を感じられる製品を並べたマルシェも開催

 

 

――その視察が、三者協定のきっかけのひとつになったのでしょうか?

 

笠井:はい、そうです。老若男女問わず集まっていることに、清掃リサイクル課の方はびっくりされ、堆肥回収会の参加者の方に「どうしてコンポストを活用されているのですか?」と積極的に取材されていました。

 

それから何か一緒にできないかと、3者で1年ほどかけて模索。そして2023年6月28日に台東区、LFC社、大丸松坂屋百貨店の3者で循環型ライフスタイルへの転換に向けた協定の締結に至りました。

 

台東区は、生ごみ減量対策の一環としてコンポストの利用を促進することで区民の循環型ライフスタイルへの転換を推進。LFCは、コンポストに関する技術提供やこれまで培った食循環コミュニティ形成のノウハウを生かし、循環型ライフスタイルの推進を担うことを取り決めました。

 

 

三者協定のイベントの写真

協定により大丸松坂屋百貨店は、循環型ライフスタイルに関する情報発信や区内の店舗施設での堆肥回収会、年に一度の三者協定のイベントを松坂屋上野店横のパンダ広場にて開催

 

 

百貨店の原点に立ち返り、未来に向けて価値を創り続ける


 

――これまでのイベントや今回の協定で、LFCは大きな役割を担われています。たいらさんは、未来定番研究所との協業にどのような感想をお持ちですか

 

LFC 代表 たいら由以子(以下、たいら):まず、未来定番研究所のコンセプトに打ち抜かれましたし、未来の定番のタネとしてコンポストを選択してくださったことが嬉しかったです。正直なところ、百貨店とコンポストは結びつかなかったのですが、折しもコロナ禍で生活者の価値観が変わっていたときだったので、コンポストは百貨店のお客様にも受け入れられるのではと感じました。

 

私はLFCを起業するまで、「コンポストを活用しない人=資源の循環に興味がない人」と思い込んでいたのですが、本当はごみを捨てることに罪悪感を抱えている人がたくさんいます。コンポストはその罪悪感を払しょくできる手段として認知してもらえる可能性があります。

 

ただ、何となくコンポストはいいものだと思っても、自分で使うとなると一歩踏み出せない、未来定番研究所との実証実験ではそんな方々にたくさん出会えたので、認知と普及の観点からとてもいい機会を得ることができたと思っています。

 

LFCのたいらさんが話している写真

LFC代表のたいら由以子さん。大学で栄養学を学び、証券会社に勤務。土の改善と暮らしをつなげるため「半径2km圏内での食循環」を目指し、1997年からコンポスト活動を開始

 

LFCコンポストトレーナー 平希井(以下、平):私は「定番」という言葉に、自分の夢を重ねました。私は中島さんと逆で、幼少期から日常生活にコンポストが存在していたので、大人になるにつれて、それが当たり前じゃないことを知って驚きました。いまは、LFCの事務所の壁に「We make a habit composting」と書くほど、コンポストを習慣化したいという思いが強いこともあり、定番っていう言葉がすごくぴったりきたんです。

 

 

LFCの平さんが話している写真

たいらさんの長女で、LFCのメンバーとしても活動する平希井さん。コンポストを普及する活動を大学2年生から開始し、大学院でコンポストについて研究した経歴の持ち主。「地域のおいしい野菜が当たり前に食卓に並ぶ社会をつくりたい」と精力的に活動する

 

中島:最初は本当に単純に「生ごみがなくなるって面白い」という好奇心からスタートしたので、自分自身もここまで大きなプロジェクトになるとは思っていませんでした。ただ、これまでの歩みを踏まえて、コンポストが習慣化し、堆肥が食に変わる循環の拠点に未来定番研究所がなれるのではないか、そんな夢を持つことができました。

 

私は時折「百貨店とは何か?」と立ち返るときがあるのですが、ラグジュアリーで上質なものが手に入る場所であり、生活に寄り添ったコミュニティのハブであり、いろいろな顔を持っているのだと思っています。そんな百貨店だからこそ、「生ごみを出さない暮らし」に寄り添う提案を、私たちの意思として出していきたいです。

 

中島さんが作業している写真

「コンポストに名前をつけてペットのように愛情を注いでいる方もいらっしゃいます」と中島さん

 

笠井:百貨店は各地域の中心部とも言える場所に存在しているからこそ、百貨店を起点にしたコミュニティ形成の可能性があると思っています。

 

というのも、コンポストの実証実験を進めていくうちに、人が集まり学びを得られるところに、大きな価値があると感じてもらえるようになったからです。拾ってきた石がダイヤモンドになったら見方が変わるのと一緒かもしれません。

 

そのような価値と可能性を持つコンポストだからこそ、これからは未来定番研究所の試行錯誤や成功例を参考に、各店舗で企画を展開できるよう働きかけたいと思っています。

PROFILE

  • 笠井 裕子

    株式会社大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所 所長

     

    1992年大丸に入社、大阪梅田店配属、婦人服、販売促進を担当。

    大丸札幌店・大丸東京店の新店準備室等を経て、大丸東京店営業部長、本社販売促進・広報担当部長を担当。2021年より未来定番研究所所長に就任。現在、サステナブルな未来定番生活を探究中。

  • 中島 実月

    株式会社大丸松坂屋百貨店 未来定番研究所 スタッフ

     

    2014年大丸松坂屋百貨店に入社。大丸神戸店、GINZA SIXにて販売、J.フロント リテイリング(株)にて新規事業開発業務を経験。2019年より未来定番研究所に勤務し、オウンドメディア「FUTURE IS NOW」運営や、イベント、コンテンツの企画開発をとおして5年先の未来定番になりうる生活者の価値観の探索活動に従事。落語とラジオとコンポストに夢中。

  • たいら 由以子
    ローカルフードサイクリング株式会社 代表

     

    福岡県生まれ。大学で栄養学を学び、証券会社で勤務。大好きな父とのお別れをきっかけに、土の改善と暮らしをつなげるための「半径2kmでの資源循環」を目指して、1997年より活動開始。2004年、青年団の仲間とNPO法人循環生活研究所を立ち上げ、ダンボールコンポストの普及活動を行う(現在は同法人理事)。2019年にローカルフードサイクリングを創業。メンバーとのお茶の時間を一番大切にしている。行動を最良の学習手段とし、活動をスパイラルアップさせるが信条。趣味はイラストコミュニケーション、レコード・映画鑑賞、愛犬と遊ぶ。

  • 平 希井
    ローカルフードサイクリング株式会社 コンポストトレーナー


    福岡市出身。NPO法人循環生活研究所理事。2016年よりコンポストアドバイザーとして関東を中心にコンポストの普及・継続支援を行っている。大学時代、循環生活研究所でインターンとして、半農都会人活動、ダンボールコンポスト講座、半径2㎞の生ごみの資源循環を実践する事業、Local Food Cyclingの立ち上げに関わる。立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科にて修士論文「生ごみの地域内資源循環におけるコミュニティコンポストの可能性」を執筆し、2019年3月同研究科修了。財団勤務を経て、2022年4月ローカルフードサイクリング株式会社入社。好きな言葉は晴耕雨読。