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2023.03.27

ショッピング体験の価値を上げる 。プロジェクトメンバーたちが構想するメタバース活用の未来

ショッピング体験の価値を上げる 。プロジェクトメンバーたちが構想するメタバース活用の未来
J.フロント リテイリング(以下、JFR)グループは、メタバースを活用した次世代ビジネスモデルの構築を目指し「メタバース事業プロジェクト」を発足しました。プロジェクトを率いる林直孝さん(執行役常務 グループデジタル統括部長)、新島豊さん、洞本宗和さんのもとに、社内公募に手を挙げた4人が集結。7人のプロジェクトメンバーは今、どんな未来を構想しているのでしょうか。

取材・執筆:苫米地香織 撮影:林建次

撮影場所:日本マイクロソフト株式会社 品川本社オフィス

 

ここは、日本マイクロソフト株式会社の品川本社オフィス。同社の技術、知見に触れ、メタバース事業の可能性やJFRグループとしての方向性を見極めるため、マイクロソフトテクノロジーセンター、エンタープライズ事業本部の皆さんとラボを結成し、そのミーティングのためにメンバーが集合していました。

 

日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター シニアテクニカルアーキテクト・鈴木敦史さん(以下、鈴木):メタバース事業の専門組織があるのはめずらしいですね。


林直孝(以下、林):当社グループは積極的にメタバースの活用を模索しています。これまでも大丸松坂屋百貨店が世界最大のVRイベントである「バーチャルマーケット」に出展したり、パルコも館内でゴーグルやスマホを使ってバーチャルな3Dアート作品を体感いただくといったメタバース施策を継続的に実施したりしてきましたが、グループとして本格的にメタバース事業に取り組むため、ホールディングスの中に専門組織をつくりました。

 

洞本宗和(以下、洞本):専門組織をつくることで、社内外に本気度を示したいと考えています。公募メンバーも、はじめは所属部署に籍を残しての兼務でしたが、3月から当部に異動して専任となりました。


新島豊(以下、新島):多様なキャリアや個性を持つメンバーが集まり、メタバース・web3時代の新たな事業を創造する可能性を強く感じています。この活動を全社に波及させていきたいです。

 

 公募で集まったメンバー

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〈 〉内は前職

●東田中康仁〈J.フロント リテイリング  経営企画部〉右から2人目

金融事業を担当する中で、暗号資産やNFTへの関心が高まり応募。新たなテクノロジーを活用して、JFRならではの文化の創造を目指す。

 

●岩井寛明〈パルコスペースシステムズ SPD本部〉同3人目
音楽ライブ好き。ライブだけでなく商業施設などの“リアル空間”がもたらすパワーを信じている。リアルの魅力を”メタバース×NFT”で拡張することを追求。

 

●小林由香〈大丸松坂屋百貨店 経営企画部〉同4人目
「バーチャルマーケット」出展の経験をメタバース事業に生かそうと応募。VR空間初体験で衝撃を受けて以来、百貨店でのお買い物体験はもっと楽しくなると確信。

 

●松木圭〈JFRカード システム統括部〉同5人目
K-POPが趣味。コロナ禍でコンサートのライブ配信を経験し、デジタルの可能性を改めて痛感。金融機関のシステムエンジニアからJFRカードに転職したが、さらなる挑戦を求めて応募。

 

 

日本マイクロソフト エンタープライズ事業本部 藤井創一さん(以下、藤井):JFRグループとして、メタバース事業の方向性をどのように考えていますか。

 

林:やはり、我々の強みであるリアル (実店舗)にバーチャル(メタバース)をどう掛け合わせるかを追求したいです。もちろん「バーチャルマーケット」のようにバーチャルのみで完結可能なメタバースも掘り下げていきます。


洞本:私が子供の頃、百貨店は一日楽しめる空間でしたが、この20~30年の間に遊びの部分がなくなり、楽しめる要素が薄れてきてしまいました。個人的には、メタバースを活用して楽しさを作り出し、空間の価値(魅力)を復活させたいと考えています。

 

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世界最大級のVRイベント『バーチャルマーケット2022 Winter』に仮想店舗を出展。

 

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渋谷PARCOで開催した「XR NFT ART EXHIBITION」

 

 

進化する技術を活用して、どんなビジネスを形成するか


 

洞本:今日は、日本マイクロソフトの皆さんと一緒に、メタバースの近い未来について語り合いたいと思います。メタバース普及のカギはデバイスだと思うのですが、御社のHoloLens 2を体験させていただくのを楽しみにしていました。

 

鈴木:HoloLens 2はMR(※)を実現するために開発したデバイスです。HoloLens 2を使用すると現実の世界にあたかもそこに存在するようにホログラムと呼ばれる3D映像を表示することが可能になります。これによって現実とバーチャルを融合したMixed Reality (複合現実)を実現しています。研修や遠隔地からの作業支援、店舗で家具のレイアウトシミュレーションなどの新しいショッピング体験、そして最近ではアートやエンターテインメントの分野にも活用が広がっています。

 

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Microsoft HoloLens 2を装着してMixed Reality (複合現実)を体験するプロジェクトメンバー

 

鈴木:XR(※)デバイスの進化、市場の拡大は目覚ましいものがあり、メタバースの普及も急速に進むでしょう。メタバースがSNSになっていくことを想定すると、メタバースはZ世代にリーチできる有望な市場です。Z世代は日本では10数%のマイノリティですが、世界では約30%を占めます。さらにα世代はメタバースネイティブになるかもしれません。一方で、体力が低下したり行動範囲が狭くなったりする高齢者にとっても、メタバースで得られる効用は大きいと思われます。

どの世代をターゲットとするかによってメタバースでどれだけリアルを再現させるかが変わってきますが、現時点で再現できるのは視覚と聴覚だけです。嗅覚、味覚、触覚の再現にはコストも時間もかかるので、まだ商用されているものはありません。
そのため、五感を備える「リアル」に対し、XRなどのテクノロジーによってもたらされるのが「リアリティ」となるのです。個人差もありますが、視覚と聴覚だけでも「リアルに体験している」と錯覚させることが可能だと言われています。リアルとリアリティの違いを踏まえた上で、メタバース事業を考えていきましょう。

 

藤井:リテールが携わるメタバースではエンタメも重要な要素となります。例えばバーチャルライブの場合、どこまでリアルを再現できれば現実世界でライブハウスに行くのと変わらないといえるのでしょう。さらに言えば、バーチャルライブがリアルを凌駕することはあるでしょうか。

 

岩井:ライブの醍醐味は音量や音質だと思うので、会場で聴いているような音響が再現できていれば、リアル体験と変わらないと感じる人はいるかもしれません。

 

鈴木:今は空間音響技術(※)があるので、音や空間の再現は問題ないと思います。一方で、独りでどこまで盛り上がれるかの難しさはありませんか。一人で盛り上がれる方もいますが、周囲に楽しんでいる人がいるから楽しめるという方も多いでしょう。御社が出展した「バーチャルマーケット」のように、メタバースでコミュニティを形成することで、ビジネスとして活用していくことができるのではないでしょうか。

 

松木:リアル店舗の買い物では「知らない人たちも加わってきて、みんなで買い物している」という感覚はなかなか得られないので、メタバースではコミュニティの形成が一つの要素になりそうですね。リアルでは一人で買い物した方が煩わしくなくていいという方にも、メタバースなら新しい買い物体験を提供できるかもしれません。

 

洞本:先ほどの問題提起(バーチャルがリアルを超えるか)につながりますが、「参加している感覚」の精度を上げることは難しいと感じています。以前、バーチャル上のイベントに友人と参加して、すごく楽しいけれどその気持ちをアバターでどう表現したらいいのかわからず、もどかしさを覚えたことがあります。今の技術ではアバターに表情までトラッキングすることはできないので、アバター同士の感情共有が課題だと改めて思いました。

 

鈴木:現状、アバターはエモートのような体の動きやハートマークなどの記号や言葉を使って感情を表現するしかありません。その点、テーマパークのキャラクターやゆるキャラは、言葉を発しないのに体の動きだけで感情を伝えることができますよね。

 

洞本:確かに。販売員は表情も武器のひとつですから、アバターで接客する時のヒントになりそうです。

 

鈴木:リアルアバターに関しては、フォトグラメトリ(※)の技術は進化していて、写真から3Dスチールを生成することができます。日本でも弊社のテクノロジーを活用したスタジオがあります。ただ、動作はいいのですが、やはり表情に課題が残っています。AIによる表情認識や感情認識はあくまで統計的な推測であって実際の感情ではないので、微妙な心の動きの再現は難しいですね。

 

藤井:人型ロボットにお客様対応の仕組みを導入したところ、クレームデータをたくさん集めることができたという話を聞いたことがあります。人が相手だと「どう思われるだろう」と気になって言いにくいことも、感情を出さないロボットになら話せるということでしょう。アバターも感情をリアルに表現すればいいというわけではなさそうです。それぞれのシーンで最適なアバターを考える必要がありますね。

 

林:個人的には、リアルな自分が再現できるようになったとしても、ちょっと盛れる自分のアバターがいいかな(笑)。

 

 

リアルを追求するか、リアリティを楽しむか


 

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左から |洞本・林(JFR)| 鈴木・藤井(日本マイクロソフト)|

 

鈴木:リアルな自分ができないことを体験できるのが、メタバースの利点でもありますよね。
それこそ「リアル」と「リアリティ」の感覚の違いにつながるのではないでしょうか。

 

林:リアルに寄せるのか、リアリティを目指すのかに話を戻すと、僕はリアルそのままよりもリアリティを目指したい。リアル一辺倒というのは面白くないので、リアリティをみんなで楽しむ方向性を追求していきたいと思います。

 

小林:バーチャルマーケットでは、百貨店の接客を経験したことがないという人と接点を持つことができました。Vtuberにバーチャル接客をしていただいたのですが、その接客が楽しかったから今度は百貨店に行ってリアル接客を受けたいという声もいただきました。

 

藤井:一昔前、ファッションビルのカリスマ販売員が脚光を浴びたように、メタバースにもそこに行けば会えるというアバターの存在が大切な要素となりそうですね。

 

岩井:アートなど、専門分野の知識を持った人の接客はささるかもしれません。

 

林:販売スキルはあるけれど事情があって店頭に立つことができないという人が、メタバースならアバターで接客できる。労働人口の減少による店頭での人材不足をアバター接客で補うことも期待できると思います。

 

鈴木:新しい仕事の形態、新しい雇用の形態が生まれますね。

 

小林:そのためには労働環境を整備することも必要です。一般的なプラットフォームでは時間のコントロールが難しそうですが、オリジナルの空間を作って予約を取りながらであれば、実現の可能性はあると思います。

 

新島:XRテクノロジーを使いこなすことができる人を育てることも課題です。

 

東田中:メタバースで過ごす時間が増加することで、その中でコミュニケーションが生まれ、新たな経済圏が生まれます。JFR各事業とパートナー企業様の知見・ノウハウを掛け合わせることで、新たな体験価値を提供できるように取り組んでいきたいと思います。

 

鈴木:御社の皆さんにメタバースの楽しさ、可能性を実感していただき、メタバース事業に挑戦する土壌を培うというところから、我々がお手伝いできることがあると思います。

 

林:メタバース事業の方向性が定まってから、それを実現するテクノロジーや知見を社外に求めるのではなく、このラボのようにビジネスを考える側、テクノロジーを提供する側が一緒にメタバースの可能性や夢を語り合う機会は貴重だと感じています。そこから生まれる新たな発想をブラッシュアップし、当社グループならではのメタバース事業を導き出していきたいと思います。

 

 ※用語解説

  • XR:クロスリアリティ。VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)といった現実世界と仮想世界を融合して、新しい体験を作り出す技術の総称
  • 空間音響技術:まるでその演奏会場にいるようなリアルな響きと臨場感を再現する技術
  • フォトグラメトリ:対象物をさまざまなアングルから撮影し、そのデジタル画像を解析、統合して立体的な3DCGモデルを作成する手法

 

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PROFILE

  • 鈴木敦史

    日本マイクロソフト株式会社 マイクロソフトテクノロジーセンター シニアテクニカルアーキテクト、上智大学 理工学部講師 NEDO技術委員(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)

     

    テクニカルアーキテクトとして、メタバース・AI・サスティナビリティの分野を中心に、クライアントの新規事業開発やイノベーションの創造、ビジネス課題の解決を支援。2017 年度から上智大学 理工学部でAIとプログラミングの講座を担当。2022 年度から国立研究機関の技術委員として次世代技術の研究を担当。

  • 藤井 創一

    日本マイクロソフト株式会社 エンタープライズ事業本部 流通サービス営業統括本部 流通業施策 担当部長

     

    Microsoft Azureなどのクラウドテクノロジー基盤のデジタル製品を開発するマイクロソフトの日本法人で、流通業界向けの戦略策定と市場開拓を担当し、特に流通業のクライアントが進めるDXの成功に向けて活動。

     

  • 林 直孝

    J.フロント リテイリング株式会社 執行役常務 グループデジタル統括部長

     

    パルコ入社後、全国の店舗、本部及び、パルコグループの株式会社パルコ・シティ(現 株式会社パルコデジタルマーケティング)などの役職を歴任。2013年に新設された「WEBコミュニケーション部」にてPARCOのデジタルマーケティング及びオムニチャネル化を推進。2017年より「グループICT戦略室」にて、ショッピングセンターのDX(デジタルトランスフォーメーション)を具現化するため『デジタルSC(ショッピングセンター)プラットフォーム』戦略の推進を担当。2022年3月より現職、グループ企業のデジタル戦略の推進を担当。

  • 洞本 宗和

    J.フロント リテイリング株式会社 グループデジタル統括部 デジタル推進部 専任部長

     

    婦人服のバイヤー、大丸情報センター(現 JFR情報センター)でSE、大丸松坂屋百貨店本社でのデジタルマーケティング・販促広告担当、上海新世界大丸百貨のマーケティング担当などを経て、22年9月より現職。これまでのデジタル活用経験を新たなメタバース・web3領域の推進へ生かす。