2025.08.18
老舗和菓子メーカー×JFR発ファンド。事業承継を起点に「二人三脚」で描く未来

取材・執筆:ミノシマタカコ 編集:末吉陽子 撮影:関口佳代、Yusuke Kaminokawa
未来を拓くための事業承継。JFR第1号案件に選ばれた老舗の潜在価値
――昭栄堂が事業承継を検討されるに至った背景について教えてください。124年続く老舗として、なぜこのタイミングで事業承継を選ばれたのでしょうか。
昭栄堂 代表取締役 遠武憲明氏(以下、昭栄堂・遠武):事業承継を決断した背景には、「このまま現状維持で進むべきか」という将来への迷いと、後継者不在の課題がありました。
私が実家に戻って家業を継いだのは2007年のこと。「街のお菓子屋さん」から卸売を強化して売上を3倍に伸ばしました。ただ、規模が大きくなれば口にする人も増えます。食品ビジネスは1つの事故で信頼を失うリスクがあり、自分の目が行き届く範囲で、無理のない経営を続けるため、身の丈に合った売上として「この規模まで」と上限をあらかじめ決めていました。
しかし、想定以上に早くその上限に到達し、利益も出るようになったことで、次に何を目指せばいいのかが見えなくなってしまいました。やりたいことはあっても、それを実現しようとすると事業の規模が大きくなってしまうので、「何のためにやるのか」という本質と向き合わざるを得ない状況でした。
さらにお菓子屋から菓子メーカーへと立ち位置を変えていく過程で、先代(父親)との葛藤も少なからずありました。3人の娘とはそんなぶつかり合いをしたくなかったので、子どもへの承継は考えていませんでした。従業員に任せるにも人材育成が十分ではなかったので、このまま現状維持で進めていくしかないのかと悩んでいました。
そのような中、「安定した組織や外部の経営支援があれば心強いのでは」と考えるようになり、JFRグループが2024年3月に立ち上げた事業承継ファンド「Pride Fund」と出合いました。
「良くも悪くも、これまでは一人で決めてきたぶん、会社が自分に依存しすぎていた」と語る遠武氏。経営支援を受けられることは、大きなメリットだと実感しているという
https://www.plus.j-front-retailing.com/frontline/detail/cd/000137/
――両社はどのようなきっかけで出合い、支援の決め手は何だったのでしょうか?
JFR 大和隼治氏(以下、JFR・大和):昭栄堂については、仲介会社からの紹介がきっかけですが、資料やホームページだけでは判断がつかず、「本当にうちのグループと相性がいいのか?」と半信半疑の状態でした。なぜなら、「Pride Fund」は資金を提供するだけでなく、共に次の世代まで育てていくことが特徴であり、私たちの使命は、地方企業の潜在価値を未来につなぐことだからです。
決め手になったのは、大丸松坂屋百貨店の宗森社長をはじめ食品のプロが、現地の工場を見学して商品を食べたとき、「ものすごくおいしい」と感動したことでした。そこからトントン拍子に話が進みました。
「百貨店の食品バイヤーが太鼓判を押してから、事業承継の話が大きく前進した」と語る大和氏。一般的な事業承継とは一線を画す形で、若い社長との二人三脚で共に会社の未来をつくり上げている
JFR 昭栄堂担当 長嶺有規雄氏(以下、JFR・長嶺):私も入社以来33年間、食品畑一筋ですが、初めて商品を食べたときは衝撃でしたね。アーモンドの香ばしさが際立っていて、口溶けがとても良く、ザクザクした食感もあり、後味も和三盆の上品な甘さが残る。しつこくなく、余韻が心地よい、とても完成度の高い商品だと感じました。
JFR・大和:また、昭栄堂の持つ「ものづくりの力」も大きな決め手となりました。機械化と手作業をうまく組み合わせた仕組みが整っていて、老舗のお菓子屋さんがここまで仕組み化していることは素晴らしいと思いました。工場や店舗からは、遠武さんのこだわりも強く伝わってきました。ホームページやパッケージを見るだけではわからない現場の強さに、事業の伸びしろを感じました。
124年にわたり、地元で愛され続ける昭栄堂。丁寧に美味しいお菓子をつくり続けながら、2店舗での販売に加え、全国各地へ毎日100箱近くの商品を出荷している
――遠武社長が「Pride Fund」を選ばれた決め手は何でしたか?
昭栄堂・遠武:地域の食文化を大切にするというコンセプトに強く共感しました。メーカーにとって、百貨店ブランドというのは大きな信頼になりますし、ブランドづくりにも活かせます。記事やホームページも読み込むうちに、JFRと組めば新しい世界が広がるのではないかと、自然とワクワクする気持ちが湧いてきました。一番期待していたのは、やはりブランドづくりと販売チャネルの強さです。
あと、これを言うと大和さんは照れるかもしれませんが、握手を交わしたときにグッとくるものがありました。「一緒にやりましょう」と言ってもらい、こちらも「ぜひ」と思いました。
JFR・大和:良い話ですね(笑)。私は、遠武さんと話している中で、「まだやりたいことがあるんだ」という熱量を強く感じました。だったらぜひ一緒にやりたいという気持ちを込めました。
Pride Fundに関する記事を読んで「ワクワクする気持ちが自然と沸き上がった」と語る遠武氏。大和氏も「一緒にやりましょう」と応え、互いの熱量と思いが響き合い続けた
百貨店の知見を活かした「伴走型支援」。二人三脚で挑む販路拡大と価値創造
――長嶺さんは2025年3月の出資決定を機に、支援のため大丸松坂屋百貨店から昭栄堂へ出向したということですが、社内公募に応募された動機について教えてください。
JFR・長嶺:百貨店の催事では食品が高い人気を誇っていますが、全国的には中小の老舗食品メーカーが次々と姿を消しており、こうした状況に危機感を感じていました。自分の経験を活かして、現場のオペレーションやブランドの伝え方を見直し、支えていくことが使命だと感じ、迷わず手を挙げました。
――出資後、特に力を入れられた施策はありますか。具体的な変化もあれば教えてください。
JFR・長嶺:最初に行った取り組みは、博多大丸の福岡空港店への商品導入です。ゴールデンウィーク前から販売をスタートしたのですが、好調な滑り出しとなりました。空港という観光ハブで「旅先のお土産にしたい」とご好評をいただいています。
特に黒糖味は、訪日外国人の方に人気で、沖縄黒糖というキーワードに反応して買われる方が多いです。博多のお土産といえば明太子やカステラが定番ですが、それらにない軽さと日持ちの良さが評価されており、昭栄堂の新たな可能性を感じました。
昭栄堂の商品は、福岡空港の売店でひときわ目立つ場所に展開中。「博多大丸のチームはフットワークが軽く、現場の熱量も高い。すぐに取り扱いを決めてくださって、感謝しかありません」と長嶺氏は振り返る
――現在、高品質志向の小売店・明治屋への展開も始まっていると伺っています。
昭栄堂・遠武:明治屋さんは、私にとってずっと憧れの存在でした。ご縁があり、博多大丸を通じてご紹介いただいたことがきっかけで、取り引きが実現しました。昔から高品質な商品を取り扱うスーパーとして知られる明治屋さんに、昭栄堂の商品を置いていただけたことは、「都市部のお客様にも選ばれるクオリティである」と認められたようで、とても嬉しく、誇りに思っています。
地元で定番だった商品が、都市部の高級市場でもしっかり評価されることも証明でき、自信にも繋がりました。今後は首都圏や関西圏への販路をさらに広げていきたいと考えています。
「明治屋さんからは、海外店舗でも取り扱いたいとの提案もいただいています。自信と誇りにつながっています」と遠武氏は、確かな手応えを口にする
JFR・長嶺:既存商品の販路拡大という意味では、大丸・松坂屋の冬のお歳暮のラインナップにも採用されました。味には自信があるので、召し上がっていただく機会をできるだけ増やしたいと思っています。
――商品開発面では、九州純バタークッキーの副産物を使ったソフトクリーム企画も進んでいるそうですね。
JFR・長嶺:博多大丸で開催される8月の「熱いぜ!宮崎展」に向けて準備しています。遠武さんが以前からやりたいと話していたソフトクリームを、百貨店の店頭で試してみようと、ようやく試作品が完成したところです。
クッキー製造時に生まれる副産物を活用し、ザクザクした食感と滑らかなソフトクリームを一緒に楽しめる、新しい提案です。その他にも、夏場はどうしてもクッキー商材の動きが悪くなります。たとえば、塩味を追加するなど、夏向けのクッキーなどの商品を早く形にしたいと思っています。
「九州純バタークッキーの弱点は“暑さ”ですが、通年で安定したビジネスに育てていきたい」と長嶺氏。現地で消費されるソフトクリームとは異なり、全国・海外市場にリーチできる商品開発も見据えている
――こうした取り組みを支えているのが、JFRによる「トータルプロデュース型の支援」だと伺いました。具体的にどのようなサポート体制なのでしょうか。
JFR・大和:「Pride Fund」の本質は、資金提供だけではなく、百貨店のノウハウや販路を活用して地元企業を全国ブランドへ育てる「トータルプロデュース」にあります。ブランディングや商品企画まで、私たちの知見を惜しみなく提供し、昭栄堂の強みを引き出しながら次のステージへ導く。それが私たちの役割だと考えています。
昭栄堂・遠武:JFRさんと話を重ねる中で、自分たちが目指したい方向が少しずつ見えてきています。1年かけて新しい代表商品を完成させ、昭栄堂の価値をさらに鮮明にしたいと考えています。
「宮崎」を軸に九州、そして世界へ。地域共栄で描く10年先の成長戦略
――昭栄堂は124年続く老舗として、今後も変わらず大切にしていきたい信念や価値観があれば教えてください。何を受け継ぎ、何を新たに築いていきたいとお考えでしょうか?
昭栄堂・遠武:明確に経営理念として言語化しているわけではありませんが、当たり前のことをきちんと、丁寧にお菓子を作ること。地元の素材を自分たちの手で使い、美味しいものを世の中に広めていくこと。その姿勢はこれからも大切にしていきたいと考えています。
――遠武社長の地元・九州への愛情が強く感じられますが、どのようなお考えでしょうか?
昭栄堂・遠武:九州発の新しいお土産ブランドをつくりたいという思いを、ずっと持っています。たとえば、北海道は地域全体でのブランドづくりが非常に上手ですよね。多くの菓子メーカーが、北海道産の素材を使い、製造も北海道で完結させています。
一方で、宮崎の空港などで売られているお土産のほとんどは、地元で作られたものではありません。そうした現状を打破して、地元の人にちゃんと選んでもらえる地元のものを作りたいと思っています。宮崎単独では発信力が弱いですが「九州」という広がりで勝負すれば、地域ブランドとして確立できるのではないかと考えています。
ソフトクリームを作ろうと思ったきっかけなのですが、九州では酪農家が減少し、バター不足が起きている現状があります。牛乳が売れていないんですね。牛乳を有効活用できるソフトクリームは、地域の酪農を支える手段にもなります。九州の酪農を盛り上げたいという気持ちを持っています。
「ライバルはブランディングの巧みな北海道。九州発の菓子で地域経済を盛り上げたい。経済が回れば、雇用も消費も生まれる」と遠武氏は力を込める
――地域への貢献という点で、すでに行っている独自の取り組みがあれば教えてください。
昭栄堂・遠武:都城市で1歳の誕生日を迎えるお子さんに、ホールケーキをプレゼントしています。もう10年以上続けていて、毎年1000人近いご家庭にケーキをお渡ししています。最初は、単純に若いお客様にもっと来ていただきたいという思いから始めた取り組みでしたが、今は都城で「1歳の誕生日はケーキでお祝いする」という習慣が根付いてくれればいいな、という思いで続けています。
JFR・大和:遠武さんの活動を見ていると昭栄堂のコピーでもある「暮らしになごみを」という言葉が自然と浮かびます。お菓子という力で、日常に心地よさや和みを届ける。その価値を、これからの時代に合った形で広げていくのが大切だと感じます。
――将来的にJFRグループとの連携をさらに深めることで、昭栄堂はどのような姿を目指していきたいとお考えですか?
昭栄堂・遠武:宮崎・都城から出ていくことはありません。地域に根ざしたまま、宮崎、九州、日本、そして世界へと広げていきたいと考えています。工場が大きくなる可能性もありますが、地域とのつながりは大切にしていきたいです。
そして、中小企業としての規模感を持ちながら、JFRグループと連携していくためにも、今後はしっかりとした組織体制を目指したいと考えています。個人に頼らず、安定した会社にしていきたいですね。簡単な波では揺らがない売上やブランド力を作ることが大事だと思っています。
ファンド第1号案件として好調なスタートを切り、多忙な日々が続く。とはいえ、10年先の未来はまだこれから描いていく段階だ。3人が生み出す可能性は、小さなキャンバスには収まりきらない
JFR・長嶺:その昭栄堂自身の魅力や価値をさらに高め、成長していくことが、結果的にJFRの成長にもつながると考えています。遠武さんとはじめて会ったときに、実現したいアイデアや思いをいくつもぶつけましたが、そのときに「売り先がないと作れないんです」という一言にハッとさせられました。
私はこれまで百貨店の人間として選ぶ側の立場にいましたが、これからは昭栄堂の人間として、選ばれる側として売り先を見つけることが自分の役割なんだと、立ち位置がはっきりした気がします。全国のお取引先に「買っていただけるか」という視点で商品をつくり、それを自分たちの手で売っていく。その違いを実感しながらも、新たな挑戦にワクワクしています。
JFR・大和:現在、昭栄堂との共創が始まって数ヵ月の段階で、既存の商品の拡販から足元を固めている状況です。JFRとしては、昭栄堂の売上高を5年後に2〜3割増やすという目標を掲げています。それを達成するためには、長嶺さんが中心となり、現在の主力商品である「九州純バタークッキー」などの販路を伸ばしていけば可能だと考えています。
10年先にどうなっていたいかーーその理想の姿を描くのはこれからですが、そのビジョンが明確になれば、3年後、5年後にどうあるべきかも、よりはっきりと見えてくるはずです。その未来に向けて、必要なチャレンジを遠武さんと二人三脚で重ねていきたいと考えています。
これまで遠武さんは、数々の決断を一人で背負ってこられました。だからこそこれからは、「どう思いますか?」「次は何をやりたいですか?」と100の問いを投げかけながら、1000の挑戦を一緒にしていくつもりです。
「九州純バタークッキーは冷やすとさらにおいしい」「残ったクッキーの粉や和三盆糖、きなこはヨーグルトやコーヒーに入れても◎」「トーストにふりかけてもイケます」——お菓子への愛があふれ、トークは尽きない
宮崎県都城市・甲斐元町の本店にて。昭栄堂の味と品質を、チーム一丸で支え続けている
PROFILE
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遠武 憲明
株式会社お菓子の昭栄堂 代表取締役
宮崎県都城市で、1901年創業の昭栄堂の4代目。2007に実家に戻り、2016年から代表取締役。家業の「お菓子屋さん」を菓子メーカーへと転換。人気商品「九州純バタークッキー」は、明治屋、AKOMEYA、ライフ(BIO-RAL)などでも販売している。
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大和 隼治
J.フロント リテイリング株式会社 事業企画部 事業創造担当
入社後、大丸東京店配属、JFR経営企画部、人財開発部を経て、幼児教育事業の経営に参画。2022年よりJFR事業企画部、現在はCVCファンドと事業承継ファンドを担当する。スタートアップ企業と歴史ある食品メーカーの両面で、投資だけでなく事業共創に従事している。
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長嶺 有規雄
J.フロント リテイリング株式会社 事業企画部 事業創造担当 兼 お菓子の昭栄堂・営業担当
大丸心斎橋店食品部に入社以来、33年間食品一筋。全国の中小老舗メーカーが営業を止めていく現状を肌身で感じて、社内公募でプロジェクトに参加。現在、宮崎と東京・関西を飛び回る日々を送っている。