2025.08.01
【J.フロント都市開発×三菱地所×竹中工務店】ワンチームで示す「価値共創」のかたち。社会実験で名古屋・栄の可能性を探究

取材・執筆:高澤あゆみ 編集:末吉陽子 撮影:上野英和
撮影場所:竹中工務店名古屋支店「spacei!」
ワンチームで主体的に動く__。地域活性化に向けた実行委員会の矜持。
――「久屋大通公園南エリア賑わい創出実行委員会」(以下、実行委員会)が発足した経緯や活動内容を教えてください。
J.フロント都市開発株式会社 廣澤健太氏(以下、J.フロント都市開発・廣澤):久屋大通公園南エリアは、名古屋を代表する商業集積地と面し、松坂屋、パルコ、BINO栄、名古屋ZERO GATEなどJFRグループが運営する店舗が立地しています。さらに当社も参画する新たなシンボルタワー「ザ・ランドマーク名古屋栄」の開発プロジェクトが進行中で、その共同事業者の1社が三菱地所さん、設計・施工者が竹中工務店さんです。
3社は「プロジェクトの成功」を共通の目標に掲げ、協業関係を築いていますが、それ以上にわれわれを結び付けているのは、「久屋大通公園南エリアの魅力を高め、地域の活性化に貢献したい!」という強い思いです。その熱量を原動力に、公園の新しい使い方や過ごし方のアイデアを試行しています。
前提となるのは、名古屋市が掲げる公園再整備の方向性「新たな創造が生まれるウォーカブルタウンのコア~多様な人が集まる刺激と居心地~」です。「ウォーカブルタウンのコア」とは何かを探るため、2022年から3回にわたり社会実験(※)を実施しています。
(※)社会実験の詳細→関連記事:公園の新たな可能性を“発明”。実証実験「PAXX?」が目指す世界観に迫る
地域共栄に心を注ぐJ.フロント都市開発の廣澤さん。「公園や沿道の新しい可能性を検証し、賑わいの創出につなげることで、地域の活性化に貢献したい』と意欲を燃やす
社会実験第3弾の「PARK?(ぱーく)」では、公園に芝生広場などの「憩いの空間」と、アートと音楽に触れる市民参加型の「賑わい空間」を創出。さらに実施範囲を公園だけでなく沿道にも広げ、歩道スペースに設置した「まちなかレストスペース」や、沿道の商業施設、文化施設を巡るアートスタンプラリーなど、ウォーカブルな仕掛けを施して「公園と沿道が呼び合う空間づくり」の可能性を提案し、利用者の反応を検証しました。
三菱地所株式会社 小川喜之氏(以下、三菱地所・小川): 実行委員会を共同で立ち上げたのは、単に参加企業名を連ねて「協力し合いながらやっていきます」と示すのではなく、「目標に対してワンチームとして主体的に取り組みます」ということをより明確に意思表示するためです。賑わいの創出という目標に対し、賛同する企業が個々に力を発揮するだけではできることが限られます。小売業グループ、不動産デベロッパー、建設事業者と異なる業界に身を置くわれわれ3社が、実行委員会というかたちでワンチームとなり主体的に動くところに大きな意義があります。
株式会社竹中工務店 木村祐太氏(以下、竹中工務店・木村):当社は、第1弾の時は調査の技術協力という立場でしたが、2年目以降は、実行委員会として主体的立場でかかわるようになりました。第2弾、第3弾と回を重ねる毎に各社の強みや役割が見えてきて、当社は調査のレベルを上げ、社会実験の意義や価値をもっと高めていく役割を担いたいと考えるに至りました。
都市の調査については、当社独自の研究・技術のほかに、国からプロジェクトを受託して進めているものもあります。それらのノウハウを第3弾「PARK?」に投入し、日本全国、世界を見渡しても「ここまで特殊な調査をやったことはないのでは」というくらいの調査を実施しました。実行委員会の立場でなければ、ここまで全力投球することはなかったですし、各社の協力がなければ、栄という都心のフィールドで実装することも難しかったと思います。
先端技術で社会実験の精度向上を後押しする竹中工務店の木村さん。「実は、当社創業の地は栄のすぐ近く。思い入れのある地域に貢献できることが嬉しいです」と笑みを浮かべる
三菱地所・小川:それぞれの専門性を生かして、社会実験の精度を上げていきたいですね。一方、栄らしい賑わいに向けては多様性も大きなポイントです。公園のユーザーとなると「すべての人」と言っても過言ではなく、公園の活性化には多様な価値観、ニーズが反映されなければなりません。実行委員会のメンバーは、20代から50代まで全体で20名ほどいるのですが、意識的に幅広い年代、異なる強みを持つメンバーで構成しています。今後、もっと多くの方々に参加していただくことで、専門分野が増え、多様性も広がると期待しています。
「多様な価値観が交じり合う場を作ることが、栄らしい賑わいにつながる」と語る三菱地所の小川さん。地域の魅力、価値を最大化するために、実行委員会メンバー、周辺企業との対話を重ねる
J.フロント都市開発・廣澤:専門性と多様性を強みに活動を続けていくことで、この実行委員会が地域活性化のプラットフォームのひとつになることができればと願っています。
実行委員会のメンバーたち。異なるフィールド、異なる年代のメンバーが意見を交わし刺激し合うことで、公園の新たな可能性を描くアイデアが生まれている
異なる強みが交差する。「PARK?」で証明された連携力
――社会実験第3弾の「PARK?」ではそれぞれの強みをどのように生かし、プロジェクトを進めたのでしょうか。
J.フロント都市開発・廣澤:当社は、企画立案から行政との協議、情報発信、運営まで幅広く担当しました。特に企画では、JFRグループのコンテンツ力を最大限に活用し、アートや音楽をテーマにさまざまな企画を実施することができました。「まちなかレストスペース」は松坂屋前とパルコ前の歩道スペースを利用することで実現。両社の「場を持つ強み」をうまく活かせたと感じています。
社会実験のPRについても、松坂屋名古屋店と名古屋パルコの協力により、プレスリリースの発信や館内デジタルサイネージを活用し、広く情報を発信できました。さらに運営面では、パルコスペースシステムズが公園内の清掃および夜間警備を担当し、JFRカードが設置物などの保険対応を行うなど、グループの専門性を活用しました。
企画から運営まで一連のプロセスを、JFRグループ全体のリソースを結集することで実現できました。今回の取り組みを通じ、グループ間の連携が生む可能性と重要性を改めて実感しました。
左:公園の沿道(歩道)に設置した「まちなかレストスペース」/右:地元出身アーティストや地元大学生とコラボしたアート空間
三菱地所・小川: 企画のベースについては、J.フロント都市開発さんが「カッコよくて、エモくて、確かなクオリティのもの」を出してくるとわかっているからこそ、信頼してお任せというスタンスでした。ずっと一緒に活動や対話をしてきたので、そのイズム的なものは感じていました(笑)
三菱地所は、丸の内仲通りやグラングリーン大阪などの開発を通じ、オフィスビルや商業施設、公共空間などを融合させたまちづくり、緑地やイベントスペースを活用した文化や交流を育む都市空間づくりのノウハウ、データを蓄積してきました。この栄エリアでも、24年春に建て替えオープンした中日ビルさんのホテル導入や開発マネジメントをサポートさせていただいたり、他の開発・活用を推進する中で、周辺企業との対話を重ねたりしています。これらの経験をもとに、「PARK?」では久屋大通公園と沿道をつなぐという「まちづくり」の観点、沿道施設との連携の姿などを提案したのですが、沿道関係者の皆さんの理解と協力が前提となるので、当社がその推進役を担いました。
J.フロント都市開発・廣澤:沿道の商業施設は、JFRグループとは競合関係でもあるので、いきなり当社から協力をお願いするのは気がひけていたのですが、三菱地所さんの仲介で、中日ビルさん、名古屋三越さんにも「まちなかレストスペース」やスタンプラリー拠点として参画していただくことができました。
竹中工務店・木村:三菱地所さんの調整力と、あらゆる関係者を巻き込んで力を尽くす姿勢に刺激を受けています。
J.フロント都市開発・廣澤:本当にそう思います。当社グループも「巻き込む力」を重視していて、「自ら意思を持って行動し、周囲とつながり、巻き込む」ことで新たな価値を生み出そうとしています。三菱地所さんの動きを目の当たりにして、巻き込む力ってこういうことなんだなと腹落ちしました。竹中工務店さんの調査も、こんなことができるんだと“目からウロコ”の連続でした。
竹中工務店・木村:ありがとうございます!従来のアンケートやインタビューのほか、当社の技術と国から受託するプロジェクトを組み合わせ、定点カメラや音声・気象センサー、XR技術、人流データなどを活用したより先進的な調査を実施しました。さまざまな調査データや観測データを掛け合わせ、AI分析することで「居心地の良さ」といった感情も数値化して評価することを試みています。今後、調査手法が確立できれば、空間の使い方や過ごし方を考える上で重要な、独自性の高いデータ分析が可能になると思います 。
――「PARK?」は名古屋市と初の共催になりました。この点についての感想と名古屋市の反応をお聞かせください。
J.フロント都市開発・廣澤:「PARK?」が成功を収めた要因のひとつが、名古屋市の共催であったと感じています。2022年度から取り組んでいる過去2回の社会実験の実績を評価していただいたことが、「PARK?」の共催につながったと認識しています。
公共の場での社会実験は、何かと手続きが難しいのですが、名古屋市との共催体制により各行政機関との協議を順調に進めることができ、公園に加え歩道の活用が可能になったことが「PARK?」の大きな進歩です。プレスリリースも共同発表していただいたことで周知が広がり、名古屋市が目指す「公園と沿道が呼び合う関係」の一端を検証できる社会実験になりました。名古屋市のご協力なしには実現し得なかったと考えており、名古屋市の担当部局の方々には感謝しています。
小川:今回、各所の関係者や多くの行政関係者にご来場いただきました。こうした質の高い社会実験を行うことにより、久屋大通(南エリア)の賑わい創出に向けて非常に有益なベース体験、示唆が得られたとのお言葉をいただきました。
木村:これまで可視化することが難しかった感情的な要素を定量化し、比較できるようにした点についても高い関心を寄せていただけたようです。ご一緒した市の担当者に、庁内や外部から好評の声が届いているとも聞いています。
社会実験の結果を分析し、公園の賑わい創出につなげていく
一方通行ではない「まちづくり」へ。対話を重ね、複合的な価値を共創
――今回の社会実験を通して得られた収穫についてお聞かせください。
J.フロント都市開発・廣澤:いくつかの仮説を立てて「PARK?」を実施しましたが、そのひとつが「栄エリアには子供から大人まで誰もがくつろげる憩いの場が不可欠」というものです。ふたを開けると、平日・休日問わず、周辺居住と思われるファミリーで賑わい、来園者アンケート結果を見ても約50%がファミリーで、久屋大通公園南エリアに求めるものとして「ゆったりくつろげる場、子供を安心して遊ばせる場、家族で楽しめる場」などのキーワードが挙がりました。仮説を裏付ける結果が出たことで、公園とまちの新しい可能性に一歩近づけたと自信を持てました。
三菱地所・小川:中日新聞社との連携で実施したアンケート調査では1000件を超える反響があり、栄の魅力や将来への期待、公園への要望など、多くのポジティブな意見が寄せられました。これらの声を受け、改めて栄に対する人々の熱い想い、期待値の高さを実感しています。
また、この活動が実行委員会メンバーの能力や主体性の向上につながっていることも大きな収穫です。たとえば「まちなかレストスペース」は、期間中、大規模な歩道設置家具の設営と片付けを毎朝晩繰り返していたのですが、アルバイトの方などに頼らず「自分たちの手でやりたい」と、若手を中心に実行委員会メンバーがやり切ってくれました。一緒に汗をかいたことで、ワンチーム感が一層強まったようです。さらに、自分たちが作り上げた空間の使われ方など、利用者の生の声を自主的に収集するようになり、現場ならではの貴重な情報を体感することができました。
不動産開発事業者である私たちにとって、まちや社会に新たな価値を創出するために何ができるのかを深く考える、貴重な機会となりました。
竹中工務店・木村:当社は栄エリアで多くの施工実績を重ね、エリアの企業とのお付き合いがありますが、あくまでも「施主様と請負会社」という関係でした。しかし一連の社会実験を通じて、栄エリアの活性化という共通目標に向け新たな協力関係を構築できたことは、非常に意義深いと考えています。
――実行委員会として、今後どのような展開をお考えでしょうか。
竹中工務店・木村:社会実験は実施するごとにクオリティが着実に向上し、内容も進化しているので、これまで得られた知見をもとに新たな検討材料を加え、公園とまちの新たな可能性を探求していくことが目標です。
竹中工務店は、2025年4月に、今後の企業活動について、「サステナブル(持続可能)」から「リジェネラティブ(再活性)」へと発展させていく、というビジョンを打ち出しました。実行委員会の活動は、まさに「リジェネラティブ」を具現化していると思います。経営ビジョンの遂行が地域貢献につながると信じて、当社の強みを生かした活動を続けていきたいです。
三菱地所・小川:周辺事業者、地域住民、観光客、公園利用者、自治体などあらゆる立場の方々と対話を重ねることで栄の魅力、価値とは何かを追求し、複合的な新しい価値を共創していきたいと考えています。
当社グループは、2050年のありたい姿として「Be the Ecosystem Engineers」を掲げ、あらゆる主体が持続的に共生できる場と仕組みを提供する企業を目指しています。社会課題の解決や、真に価値ある社会の実現に向けて、みなさんと協力して貢献していきたいです。
J.フロント都市開発・廣澤:JFRグループは、2030年に目指す姿として「価値共創リテーラー」を掲げています。一方的に価値を「提供」するのではなく、ステークホルダーと価値を「共創」していくことを見据えているところがポイントで、今木村さん、小川さんがおっしゃった実行委員会のあり方と合致しています。事前に申し合わせていたわけではないのですが、向いている方向は同じだと改めて確信しました。まさにワンチームですね!
久屋大通公園南エリアは沿道施設が充実している点が特徴的で、大きなポテンシャルを秘めていると感じています。公園を起点にどうすればこのエリアをさらに盛り上げていけるのか、栄に関わるさまざまな方々とともに、栄の新たな可能性を見出し、新たな価値を共創していきたいと思います。
「公園の賑わいには何が必要か」。笑顔を交えつつも熱意を持って語り合う3人。その熱量が価値共創の原動力に
PROFILE
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廣澤 健太
J.フロント都市開発株式会社 事業戦略ユニット 新規企画部リーダー
2007年大丸に入社。大丸京都店で、店頭販売から顧客政策、販売促進まで幅広く経験。経済団体へ出向後、JFR経営企画部、大丸松坂屋百貨店DX推進部新規事業プロジェクトリーダー、法人外商事業部戦略策定・企業風土改革担当を経て、2024年から現職。
本プロジェクトにおいては、社会実験の全体統括、関係先(行政・地域・企業他)、JFRグループ事業会社との協議・調整を担当。
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小川 喜之
三菱地所株式会社 中部支店 第二事業ユニット 専任部長
2002年に都市基盤整備公団(現・都市再生機構)に入社し、2008年より三菱地所株式会社に勤務。都市開発分野において、分譲住宅開発、商業施設開発営業、複合再開発事業など多様なプロジェクトを担当。関係者調整から用地取得、開発企画、事業推進、管理運営まで幅広い経験を有し、現在は栄エリアの価値創出を担当。
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木村 祐太
株式会社竹中工務店 開発計画本部 西日本1グループ シニアチーフプランナー
2007 年入社以降、都市から建築まで、幅広い領域での企画・計画立案とプロジェクト推進に従事。2015 年~2017 年に業界団体に出向し、林業や木材活用に関するプロジェクトを担当する中で、都市と自然の関係について考えるきっかけを得る。
主な担当プロジェクト:グラングリーン大阪、ハレミライ千日前、金城ふ頭駐車場、グローバルゲートなど。