2026.01.23
アーティスト×ギャラリー×大丸松坂屋で創る、アートを通じた新しい価値
取材・執筆:後藤久美子 編集:末吉陽子 撮影:宇津木健司
日常にあるハレの場。百貨店のアートが担ってきた「生活と文化を結ぶ」役割
――大丸松坂屋百貨店におけるアートとは、どのような役割を担っていたのでしょうか。
大丸松坂屋百貨店 山口祥平氏(以下、大丸松坂屋・山口):たとえば、松坂屋名古屋店では「生活と文化を結ぶ」というコンセプトを掲げるなど、地域のお客様に百貨店でアートを見る・買うなどの体験を提供することで、文化の醸成を図る役割を担ってきました。とくに、松坂屋名古屋店の美術部は約100年と、かなり長くアートを扱ってきています。どのような作品を扱い、どんな企画を行うかで、百貨店ごとの個性を出してきました。

大丸松坂屋百貨店 山口祥平氏
八犬堂ギャラリー 大久保欽哉氏(以下、八犬堂・大久保):ギャラリーの立場から見ると、百貨店という場が持つ「発信の広がり」には大きな力があると感じます。ギャラリーにとって、アートの可能性を広げてくれる重要なパートナーです。
八犬堂ギャラリーは、これまで百貨店とともに多様な企画を形にしてきました。ギャラリーと作家という閉ざされた関係性に、百貨店という開かれた場が加わることで、三者の相乗効果による価値創造が可能になります。 「百貨店・ギャラリー・作家」がそれぞれ役割を果たし、三方良しの形で作家を支えていく。そのポジティブな仕組みこそが、百貨店とご一緒する最大の意義だと考えています。

八犬堂ギャラリー 大久保欽哉氏
金箔アーティスト 裕人礫翔氏(以下、アーティスト・裕人):アート、ファッション、インテリアといった複数の分野を横断して展開できるのは、百貨店ならではの強みだと思います。私はもともと、いわゆるアート界の出身ではありません。京都で、西陣織の引箔(※)の模様箔を作る職人の家に生まれ育ちました。
(※)ひきばく。京都の西陣織などで用いられる伝統的な技法で、和紙の上に漆や金銀箔を使って「絵画のような模様」を描き出すもの

金箔アーティスト 裕人礫翔氏
和装文化が縮小の一途をたどるなか、培ってきた技術を次代へ繋ぐべく、アートの世界に活路を見出しました。大丸松坂屋とのお付き合いが始まったのは、まさにそんな挑戦のさなかのことでした。箔という素材には、あらゆるジャンルと溶け合い、新たな価値を生み出す「類まれな融和性」があります。
その特性と、百貨店が複数の分野を横断できる強みを掛け合わせることで、例えば人気アニメ「宇宙兄弟」との異色なコラボレーションも実現できました。伝統的な技法を現代の感性と交差させることで、箔の可能性をどこまでも広げていけると感じています。

裕人氏と「宇宙兄弟」のコラボ作品では、伝統的な技と漫画が融合して新鮮な世界観が生まれた
――大丸松坂屋の美術部門にはどのような特長があるのでしょうか。
大丸松坂屋・山口:最大の強みは、全国各地に拠点を持ち、長年にわたって地域のお客様と深い信頼関係を築いてきた「地域密着の歴史」にあります。アーティストとふれあえる貴重なアートフェア「ART365」も、こうしたローカリティとアートを掛け合わせる視点から誕生しました。単に「モノとしてのアート」を売買するのでなく、アーティスト、お客様、ギャラリストを支えるチームといった「人と人」が有機的につながる場でありたい。そこにこそ、私たちの存在意義があると考えています。

百貨店が主催し、幅広い層のお客様にアートのある暮らしを提案するだけでなく、ギャラリーやアーティストの交流の場ともなっているアートフェア「ART365」(2025年10月心斎橋PARCOにて開催)
アーティスト・裕人: 大丸松坂屋の素晴らしさは、その「地域性」と、それを形にする「プロデュース力」にあります。私たちが扱う箔という技術は、他の素材や技術と組み合わさることで、複層的な力を持ち、新たな芸術へと昇華します。大丸松坂屋との取り組みでは、その土地の伝統技術や産業に、私の表現を掛け合わせることで、一人では到底辿り着けない「想像を超えた世界」へと展開していく。そのダイナミズムが、非常に面白いと感じています。
コロナ禍とSNSが変えたアートの距離感。若手作家を育て続ける仕組みをつくる
――百貨店の美術部門を取り巻く環境は、アート市場全体の変化とも密接に関わっていると思いますが、昨今の市場はどのように変化しているのでしょうか。
八犬堂・大久保:特にコロナ禍を経て、アートとの接点は劇的に変化しました。展示の機会が制限される一方で、オンラインでの鑑賞・購入やSNSによる発信が一気に加速したのです。また、ステイホームの中でアートが生活を彩るものとして再評価されました。レジャー消費が抑制されたことも追い風となり、一種の「アートバブル」とも言える状況が生まれました。
これを機に、これまでアートに馴染みのなかった層のお客様も作品を手に取られるようになり、若手作家が注目される機会も格段に増えています。現在、その熱狂は落ち着きを見せていますが、この5年ほどは、当ギャラリーが主軸としている若手支援の現場においても、かつてないほど変化の激しい時期だったと実感しています。

大丸松坂屋・山口:私も、若手作家を取り巻くエコシステムは大きく変わったと感じています。かつては美大を卒業し、研究室の助手や教員を経てスター作家への階段を上るという、ある種の「王道」がありました。しかし現在は、デビューのスピード感も、世に出る順序も異なります。
その分、作品の質はもちろん、セルフプロデュース力や発信力も不可欠となっており、作家さん側の負担や葛藤も増えているのではないでしょうか。
──大丸松坂屋では近年、若手作家の公募展「いい芽ふくら芽」を開催されています。こうした企画の背景にある意義についてお聞かせください。
大丸松坂屋・山口:「いい芽ふくら芽」は、次代を担う若手アーティストに「百貨店」という開かれた発表の場を提供したいという思いから、八犬堂さんと共に形にしてきた企画です。2018年から始めて、名古屋や札幌、東京など、大丸松坂屋が展開する地域で活動する作家を対象に、継続して開催しています。

ART365内で開催したいい芽ふくら芽ブース
八犬堂・大久保:いつもは単独開催ですが、2025年10月に初めて「いい芽ふくら芽」は大丸松坂屋が主催するアートフェア「ART365」の中で併催しています。このフェアには20軒以上のギャラリーが参画していて、ギャラリストから直接フィードバックを受けられるため、若手作家にとって貴重な学びの場となりました。
大丸松坂屋・山口:また、大きな特徴は、賞を授与して終わりではなく、その後の継続的な作家活動を支援する点にあります。全国に拠点を持つ大丸松坂屋のネットワークを生かすことで、各地の店舗で展示・出品の機会が生まれます。
八犬堂・大久保:自分の作品がどのような空間で展示され、どのようにお客様の手に渡っていくのか。そのプロセスを実体験として積み重ねることは、作家にとって何よりの血肉となるはずです。

いい芽ふくら芽が併催されるART365の会場前にて
──これまでに開催された「いい芽ふくら芽」の中で、印象に残っているエピソードはありますか?
八犬堂・大久保:試行錯誤の中で得た気づきは非常に大きいですね。当初、公募対象を30歳未満に限定していましたが、第3回から「30代」まで枠を広げたところ、応募数とクオリティが劇的に向上しました。
特に驚いたのは、30代後半の女性たちから熱意ある応募が急増したことです。彼女たちの多くは、結婚や出産といったライフイベントによって一度は筆を置かざるを得なかった方々でした。「もう一度表現の世界へ」という強い情熱を抱く層に、再挑戦の舞台を提供できた。これは、この公募展が果たすべき重要な社会的役割だと確信しています。

2025年10月開催いい芽ふくら芽でグランプリ受賞の村上晴香さんの作品と会場の様子
地域の宝を、世界の驚きに。人の縁とアートで新しい価値を創り出す
――地域性という意味では、「ART365」でも非常に特徴的な取り組みをしていますね。
大丸松坂屋・山口:この企画を立ち上げた際、後発のアートフェアということもあり、百貨店が開催している意義を加味し、あえてリミッターを外し、多様なパートナーとの共創を通じて「アートと地域のプロダクトを融合させる試み」に振り切りました。その象徴的な取り組みの一つが、高知の日本酒メーカー・酔鯨酒造さんと裕人先生によるアーティストラベルの制作でした。

ART365 では酒造とアーティストによるコラボレーションボトルを企画
(左:酔鯨酒造と裕人礫翔氏によるコラボ、右:吉乃友酒造と町山耕太郎氏氏によるコラボ)
アーティスト・裕人:土佐和紙という伝統工芸と私の箔の技術を掛け合わせ、日本酒の顔となるラベルを創り上げました。伝統技術、現代アート、そして「食文化」。これらが一体となることで、地域全体を活気づけるダイナミックなプロジェクトになったと感じています。
地域に深く入り込み、新たな価値を編み出す大丸松坂屋のプロデュース力には、目を見張るものがあります。
──京都の妙顕寺での取り組みも、大きな話題となりました。
アーティスト・裕人:琳派の祖・尾形光琳ゆかりの寺院である妙顕寺で行った展示ですね。私は「琳派」と「屋久島」をテーマに、一面の苔の上に屋久杉のテーブルを配する空間演出を行いました。
西陣の地域ネットワークと、百貨店という強力なプラットフォームが共鳴することで、精神的な拠点である京都から国内外へ向けて、力強い発信ができたと感じています。

今回、妙顕寺に出展した裕人礫翔作品は、歴史を宿す屋久杉を素材とし、琳派芸術の精神を今に伝える琳派をテーマに作品を発表。伝統と現代を重ね、過去と未来をつなぐ作品を展開した

琳派の精神を今に伝える本法寺でも特別展示を同時開催
──変わりゆくアート市場において、今後どのような目標や挑戦を描いていらっしゃいますか?
八犬堂・大久保:現在は次の潮流を探る段階にあります。時代の巡り合わせを捉え、新たに増えたファン層とともに、今の時代だからこそできる「何か」が必ずあるはずだと思うんです。「ちょっと寄っていこうか」と自然に足が向かうような、身近さのある新しい価値を提供できる気がしています。

大丸松坂屋・山口:百貨店の強みは、バイヤーが独自の「色」を出す「編集力」にあります。大丸松坂屋として「面白い」と言っていただける空間やプロダクトを継続し、作家が活動できる環境を作ることが理想です。
各地域ゆかりのアーティストに発信の機会を創出し、産業をアートの力で盛り上げていく。それらを人と人との繋がりで実現する「究極のローカリティ」の追求こそが大丸松坂屋ならではの独自性だと考えています。
万博で様々なアーティストコラボプロダクトを作ったのも、究極のローカリティのひとつです。やはり根底にあるのは人との繋がり。人が好きでこの世界に入った身として、人間関係を広げながら取り組んでいきたいです。

関西・大阪万博とアーティストのコラボ作品の展示ブース(2025年11月開催ART365にて)約20点を展示販売
八犬堂・大久保:日本のアーティストを世界へと羽ばたかせる懸け橋になりたい、という思いは強くあります。大丸松坂屋と共に海外のアートフェアに挑んでいますが、世界へ打って出る機会をもっと作りたいですね。
大丸松坂屋・山口:海外展開では、目下、アジア圏への展開にトライしています。タイのセントラルグループと連携した「CENRETA ART AWARD」では、日本とタイを繋ぎ、両国の学生アーティストを支援する試みを始めました。2025年にはバンコクで表彰式を行いました。2026年5月には日本での展示会を予定しており、国境を越えた「才能の育成」に注力していきます。

2025年10月に行われたCENRETA ART AWARDの表彰式の様子
アーティスト・裕人: 私は海外での活動経験も長いのですが、かつて世界で圧倒的な価値を誇った日本の「モノづくり」が、今や他国に追い抜かれつつある現実に強い危機感を抱いています。国内で創作を続けていても、経済的に自立し続けることが難しいという厳しい現状もあります。
だからこそ、私自身がアーティストとして日本だけでなく世界で成果を出す姿を見せることで、若手に刺激を与えたい。それと同時に、作家がしっかりと生計を立て、創作に専念できる「持続可能な仕組み」を作りたいと考えています。市場性を冷静に見極めながら、共に未来を切り拓ける取り組みを模索していきたいですね。

裕人氏の唯一無二の箔工芸は、京都西陣の伝統の技の「基本形」を持つからこそ世界に通用する本質的な価値を生む
大丸松坂屋・山口:裕人先生はじめ、日本のモノづくりは、世界を驚かせるポテンシャルを秘めています。アーティストの方々は表現力や技術力、ギャラリーの方々は目利き力やネットワーク力を持ち、私たち百貨店がそれらを繋ぎプロデュースすることで、新たな共創価値を生み出すことができます。
今はART365で日本全国を回り、各地域の良さを再認識してもらうと同時に、地域産業への貢献に取り組んでいますが、今後、これら日本の良さを「他では決して真似できない」新しい価値として世界へ向けて発信したいと考えています。

PROFILE
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裕人 礫翔
箔アーティスト・伝統工芸士
1962年、京都・西陣に生まれる。箔工芸士の父・西山治作に師事。
1997年に経済産業省認定の伝統工芸士に。日本の伝統技術の箔の美しさを世界に伝えるため2002年に箔アーティストとして独立し、国内外のデザイナーやブランドとのコラボを展開。
2005年には古画のメタル箔装飾複製で特許取得、文化財再現に貢献し、国宝「風神雷神図屏風」など高精細複製を建仁寺ほか国内外の寺社・美術館へ提供。
現在、裕人礫翔の功績と活躍は、日本の優れた文化や芸術の象徴として世界に誇るものとなっている。西陣織のために完成された箔の美の枠を超えて、氏は新しい表現を生み出し、昇華させている。氏の作り上げる金と銀の織りなす世界観は、常に進化を続けている。
2025年卓越した技術におくられる、京の名工を受賞。
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大久保 欽哉
株式会社八犬堂 代表取締役
1972年東京生まれ、1995年立教大学文学部フランス文学科卒業。大学を卒業後、1996年~98年に渡仏、帰国後美術業界に入る。
2010年 同僚を含めた4人で八犬堂を設立。
2012年 美大生を含めた若手アーティストたちによる展示、「見参-KENZAN-」を立ち上げる。
2014年 伊勢丹新宿店にて、アートのチカラがスタート、以降毎年開催。
2017年 代表取締役に就任。同年、初のギャラリーを池尻大橋にかまえる。
2018年 大丸松坂屋と共催で若手アーティスト公募展「いい芽ふくら芽」を発足。
2020年 コロナ禍で多くの展示が中止になる中、「見参-KENZAN-」をWEBにて開催。KENZAN TVをYouTubeで5日間放送、好評を博す。
2024年 松坂屋名古屋店本館8階ART HUB NAGOYA内に、ギャラリーαがオープン。
美術商を営む傍ら、バンドのボーカル&ギターとして月に一回のライブを開催している。 -
山口 祥平
株式会社大丸松坂屋百貨店 MDコンテンツ開発第1部 ラグジュアリー&アート バイヤー
2008年に入社後、婦人服ゾーンの店頭販売を約2年間担当。その後、約7年間にわたり催事バイヤーとして、アクセサリーや革製品を中心に多くの作家とイベントを企画・実施する。2018年より美術担当バイヤーに就任し、松坂屋上野店、大丸東京店、GINZA SIX「アールグロリュー」を担当。現在は公募展「いい芽ふくら芽」やアートフェア「ART365」、海外戦略にも携わり、百貨店の立場から作家の魅力を広く発信することに取り組んでいる。