2026.07.31
酒造りを止めない、味の記憶を途切れさせない。復興支援を超えて続く共創のかたち
執筆:大井久美子 編集:末吉陽子 撮影:寺澤洋次郎
絶望の中でつながった希望。能登の酒を途絶えさせないプロジェクトが発足
――震災から2年経った今、能登の復興はどのような状況なのでしょうか。
鶴野酒造店 14代目蔵元 鶴野晋太郎氏(以下、鶴野):災害には「復旧」と「復興」があり、道路や電気・水道、公共施設などの復旧は進み、生活インフラは元の状態に戻りつつあります。
しかし、地域の活気や産業の再建を意味する「復興」においては、まだこれからです。能登にある酒蔵も11蔵のうち9蔵が大規模半壊以上の被害を受け、自社で酒造りを再開できているのはわずか3蔵しかありません。
鶴野酒造店としては、能登で再建することを目指しながら、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトを通じて、全国の酒蔵の皆さんにご支援をいただきながら、共同醸造や委託醸造という形で酒造りを続けています。
――「能登の酒を止めるな!」プロジェクトは、震災後すぐに発足されたそうですね。
camo株式会社 代表取締役 カワナアキ氏(以下、カワナ):はい。私は普段、国内外での日本酒イベントの企画や店舗プロデュースなど、造り手と飲み手をつなぐ架け橋となる仕事をしています。震災後、石川県白山市で酒造店を営まれている吉田泰之さんと連絡を取りながら、1月2日にはSNSで「何かやります」と宣言しました。
酒蔵の状況は分かりませんでしたが、大きな被害が出ていることはニュースから伝わってきました。心配と同時に「これは長期戦になる」という予感がしました。具体的な案はありませんでしたが、日本酒に携わる者として何かしたいと考えての行動でした。

写真左:1789年から続く鶴野酒造店14代目蔵元の鶴野晋太郎氏、写真右:日本酒のさまざまな取り組みを行うcamo代表取締役のカワナアキ氏
――カワナさんから連絡を受けたとき、鶴野さんの心境はいかがでしたか?
鶴野:私がカワナさんと連絡を取れたのは、地震発生から2日後のことでした。電話をもらったとき、酒蔵も自宅も全壊し、絶望していました。避難所のなかで運営を手伝い、救助活動や町の見回りに追われながら、「もう会社を畳まなければいけない」と本気で考えていました。
そんなときにカワナさんから「酒造りは続けられるように俺がなんとかするから、今は生きることだけ考えろ」と言われ、張り詰めていたものが一気に崩れて車の中で号泣しました。「酒造りを続けられるかもしれない」という希望が生まれたことは忘れられません。
――その言葉に救われたのですね。その後、プロジェクトはどう動き出したのでしょうか。
カワナ:まず東日本大震災で被災した酒蔵に連絡を取り、復興までの過程でどんな支援が必要だったかをヒアリングしました。それを通してやるべきこととして見えてきたのが、大きく3つです。
1つ目は、銘柄を流通市場から消さないこと。2つ目は、キャッシュフローを回し続けること。そして、3つ目は味の記憶を止めないことです。
生産が長期間止まってしまうと、その銘柄を愛飲してくださっていたお客様の記憶から、存在や味わいが失われていきます。そうして離れてしまったお客様との接点を、再び元に戻すのは簡単ではありません。また、復興が長期化するほど支援は減っていき、人々の関心も薄れていきます。東日本大震災でも、それが廃業につながった酒蔵も少なくありません。
そこで、「銘柄の流通」「キャッシュフロー」「味の記憶を止めない」の3つを軸にプロジェクトを進めることにしました。

「東日本大震災の記憶を持つ蔵元から情報を集める中で、『商品が流通しなくなると消費者から“味の記憶”が失われてしまう』と強い危機感を感じた」と語るカワナ氏
――その手段として選んだのが、全国の酒蔵の協力のもと酒造りを続ける「共同醸造」です。カワナさんはそのマッチング役も担われていますが、この方法を選ばれた理由を教えてください。
カワナ:共同醸造とは、県内外の酒蔵の設備を借り、ともに酒を仕込む取り組みです。短期的な資金繰りよりも中長期的に支援を継続できる仕組みづくりが大事だと考えました。長期化するほど「支援疲れ」が起こりますし、何にどれだけ費用が必要か分からない段階で多額の資金援助を受けても、計画的に活用することは難しいからです。
それよりも、何らかの形で社会と接点を持ちながら生産を継続できれば、後々の有形・無形の資産にもなると考えました。ただ、震災が起きた1月は、全国的に酒造りの最盛期です。「蔵を貸して」とは言いにくかったですね。
それでも、最終的に25もの酒蔵が手を差し伸べてくださいました。「明日は我が身」、「得意な酒造りで手伝えるのなら、いくらでもやるよ」という気持ちがあったのだと思います。
鶴野:共同醸造は、他の蔵をお借りして行う作業とあって普段にも増して緊張します。何かあってはいけないと一秒たりとも気が抜けないところはあります。ただ、緊張感はありますが、大変だというより、学ばせていただける貴重な機会だと感じています。
百貨店の売場が、能登とお客様をつなぐ場所になる
――全国9店舗の大丸・松坂屋で能登の日本酒を販売するポップアップ企画は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
株式会社大丸松坂屋百貨店 稲垣貴之氏(以下、大丸松坂屋・稲垣): J.フロントリテイリングが出資するビジネスカンファレンス「ICCサミットFUKUOKA2025」がきっかけです。
カワナさんのことは日本酒のイベントを通じて知っていましたが、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトについて深く知ったのは、ICCサミットのクラフテッドカタパルト部門で優勝された鶴野さんのプレゼンでした。
鶴野さんの「小売りの皆さん、能登の酒を扱ってください」という言葉が印象的でした。どんな支援を必要としているかが明確で、「私たちが真っ先に動かなければ」と強く感じました。
――鶴野さんはどのような想いでプレゼンに臨まれましたか。
鶴野:資料づくりではカワナさんにもアドバイスをいただきました。ただ、「最後は情熱で伝えるしかない」と思い、熱く、自分を奮い立たせながら7分間のプレゼンを行いました。
――その情熱に突き動かされたのが、稲垣さんだったのですね。
大丸松坂屋・稲垣:はい。ただ、震災支援はセンシティブなテーマですから、社内でもどのような行動を取るべきか意見が分かれます。しかし、私としては鶴野さんのあのプレゼンを聞いたら、迷うよりも、まず動かなければならないという気持ちが湧き上がってきました。
大丸興業 土屋巧氏(以下、大丸興業・土屋):私は、J.フロントリテイリンググループの商社部門である大丸興業で、大丸松坂屋百貨店の酒売場の運営を担当しています。稲垣さんから企画の話をもらったとき、私もぜひ実現したいと思いました。実際のところ、復興支援と事業性の両立についてはとても悩み、社内の理解を得るまでにとても時間がかかりました。

「『小売りの皆さん、能登の酒を扱ってください』というメッセージを受けて、まず自分たちが動かなければと思った」と語る大丸松坂屋百貨店の稲垣貴之氏(右写真)と大丸興業の土屋巧氏(左写真)
――実現までにいろいろなハードルがあったようですが、どのように形になっていったのでしょうか。
大丸松坂屋・稲垣:札幌・東京・名古屋・京阪神・博多にある大丸・松坂屋の9店舗で展開することは決めていました。また、今回のイベントを能登のお酒を販売するだけの場で終わらせたくないとも考えていました。
しかし、復興支援とどう関連させるべきか、どうしたらよりお客様が関心を示してくれるのか、具体的な企画案に悩んでいました。そんなときにカワナさんから「実際に能登へ行ってみませんか」と提案があり、土屋さんと一緒に能登を訪れました。
カワナ:現地の訪問を提案したのは、言葉以上にその現状が分かると思ったからです。電気が復旧していない地域は今も夜は真っ暗、産業再建の難しさ、人口減少といった現実は、現地に行って初めて自分ごととして捉えられる。それを五感で感じてもらいました。
大丸松坂屋・稲垣:現地に足を運ぶまでは、ある程度復興が進んでいると思っていましたが、まだ日常を取り戻せていないことに衝撃を受けました。鶴野さんの蔵があった場所も更地になっていました。
酒蔵再建のためには地盤改良から取り組む必要があり、その費用と時間の大きさに言葉を失いました。しかし、鶴野さんは前を向いていらっしゃる。私は純粋に何かしなくてはと思いを強くしました。
鶴野:今すぐには能登で再建できないけれど、いつか能登で再建をするためにまずは違う場所で酒造りをつなげるという選択肢も含めて考えなければいけないと思っています。まだ答えは出せていない、というのが現実です。
大丸松坂屋・稲垣:メディアでは十分に伝わりきらないリアルな能登の現状を伝えるには、蔵元さんから直にお客様に想いを伝えていただく機会をつくるべきだと考えましたし、百貨店としても関わるスタッフ全員が自分ごととして企画を盛り上げようという気持ちが必要だと感じました。

復興途上の現実を見て、今回のイベントは情報発信を強化したという稲垣氏。写真は「能登の酒を止めるな!」プロジェクトより
――企画を進める中で苦労されたことはありましたか。
大丸興業・土屋:4月から6月にかけて、9店舗でバトンを繋ぐようにリレー開催をしたのですが、一番時間と労力を注いだのは、店舗のメンバーに企画の趣旨や意義を伝え、理解を得ることです。酒売場は店舗担当者の知見やこだわりが強く反映される場所です。
だからこそ、担当者自身が企画の意義に納得し、自分の言葉でお客様に伝えられる状況をつくることが重要でした。そこで言葉だけでなく、私たちが実際に見た能登の現状を写真なども活用して丁寧に伝えました。
大丸松坂屋・稲垣:各店舗のスタッフ一人ひとりにまでこの取り組みの意義・意味を伝える過程は大変でしたが、全員に前向きに取り組んでいただけました。また、蔵元さんにも売場へ立っていただき、お客様へ直に想いを届けてもらうことにもこだわりました。そのため、日程調整にも苦労しましたね。
大丸興業・土屋:売場での見せ方も工夫しました。通常は1つの蔵を1週間プロモーションするのですが、今回は「能登の酒を止めるな!」プロジェクトとして5蔵のお酒を紹介するため、どこか1つの蔵がフィーチャーされないよう配慮しました。
店長からのフィードバックでは、どの店舗からも「予想以上で大変良かった」と好感触でした。贈答品や付加価値の高い商品を多く扱う百貨店で、比較的手ごろな価格帯の商品でも通常のイベントに近い売上を上げられたのは、蔵元さんと各店舗スタッフが尽力してくださったおかげです。

イベントを成功させたのは現場の熱意。店舗のメンバーからも「これを『点』で終わらせてはいけない」という声が上がったと、土屋氏は振り返る
――イベントを終えて、印象に残っていることはありますか?
鶴野:これまで接点のなかったお客様とお話しできたことです。百貨店では、普段は日本酒を飲まない人、たまたま通りかかった人、通勤や出張中の方も多かったのですが、関心を寄せてくださったことがとても嬉しかったです。「どこでどんな形で再建しても応援するから」という言葉が印象に残っています。
また、日頃から大丸松坂屋百貨店を利用されている、飲食店経営者や業者の方も多く立ち寄ってくださいました。味やストーリーに共感して購入してくださるお客様との会話からも、新たな発見がありました。
同時に、反省点も見つかりました。「能登はもう復興が進んでいると思っていた」と言われることも多く、まだ復興途上にある現状をもっと伝えていかなければいけないと感じました。時が経つとともに震災の記憶が風化していく中で、能登の現状や、酒造りを続けている私たちの想いを直接伝えられたことは、大きな意味があったと感じています。

「普段は日本酒を飲まない方など幅広いお客様と接することができた。『どこでどんな形で再建しても応援するよ』と声をいただいて、前に進むことができる」と語る鶴野氏
――大丸松坂屋百貨店のお客様に向けて展開したことで、見えてきたことはありますか。
カワナ:百貨店の販路は日本酒の若い造り手からは「少し古臭い」という声もあります。でも、それは限られたイメージで百貨店を捉えているからで、実は百貨店ほど良いものに囲まれ、目利きがいる場所はないと思います。
あらゆる物がオンラインで手に入る時代でも、ずっと変わらない百貨店の存在価値は、目利きのできるバイヤーが見極め、キュレーションした「良いもの」が集まり提案できることではないでしょうか。
質の高い商品を求めるお客様と話すためには、良いものを知っていなければならないという、いい意味での危機感や緊張感を持っています。そんなプロフェッショナルな皆さんと一緒に仕事ができたことが嬉しかったです。
大丸興業・土屋:百貨店が「場所貸し」のようになっていることは否めません。酒売場は特にその傾向にあるため、商品の価値をしっかり理解して伝え、自分たちで売れる売場にすることで差別化する必要があります。ですから、競合は他の百貨店ではなくあくまで専門店だと考えています。
カワナ:現場は常に数字への使命を抱えていますが、今回の企画を公益性や社会性のある取り組みとして進めてくださったことには大きな意義があると感じました。価格だけではなく、背景や価値に共感して選んでくださるお客様に届いたことは、大きな成果です。
目先の利益だけを追うのではなく、まず意義あることに取り組む。結果として後の成果につながっていく。「先義後利」の言葉のように、このイベントの成功が次の取り組みにつながっていくことを願っています。
能登で再び醸す日まで。続く商いが、復興のちからになる
――今回の取り組みを踏まえて、次の共創についての具体的な構想をお聞かせください。
鶴野:今回のイベントを通じて、「ストーリー性のある高付加価値な商品を造っていいんだ」という手応えを感じました。飲食店さんから「4合瓶で2,000円以下のお酒はない?」と聞かれることが頭にあってこれまでは価格に対して慎重になっていましたが、お客様に背景や想いまで伝わることで、価値として受け止めていただける可能性が見えてきました。今後は、そうした手応えを生かしながら、付加価値の高い商品開発にも挑戦していきたいです。

松坂屋上野店のイベントスポット。様々なお客様との出会いの中で、新しい発想が生まれた
カワナ:次の展開を考えるうえで大事なのは、現場からどれだけ意見やニーズを聞けるかだと思います。稲垣さんや土屋さんには、蔵元や社内のさまざまな声を吸い上げ、仲間を増やしながら企画を進めていただく。そして私たちは、一生懸命良いお酒を造っていく。そうした役割分担ができると、無理なく続けられる取り組みになるはずです。
富裕層のお客様に対して、ローカリティや商品の価値をきちんと伝え、納得して選んでいただくことは、今後ますます重要になってくると思います。一方で、毎日お酒を飲むわけではないけれど、良いものにはお金を払いたいというお客様のニーズも高まっています。
たとえば、少し質が高く、デイリーに手に取りやすい価格帯のお酒や、小容量の商品などは、百貨店のアセットを生かしやすい領域だと思います。高単価の商品だけでなく、日常の中で楽しめる商品企画も一緒に実現していきたいですね。
数年後だけを見据えるのではなく、もっと長い目で、無理なく、確実に前に進んでいける取り組みにしていきたいです。
大丸興業・土屋:今回の取り組みは、当社としても次につなげていきたいテーマだと考えています。当社では、酒売場の売上を大きく成長させる目標を掲げており、他社と差別化していくには、よりローカリティを大切にした提案が欠かせません。
ビジネスの観点からしても、「能登の酒を止めるな!」プロジェクトとの共創も点で終わらせてはいけないと思っています。各店舗からも「今後も継続していきたい」という声が挙がっていましたし、規模を一気に大きくするというより、ステップアップしながら継続していくことが大事だと考えます。
具体的には、大丸・松坂屋の店舗網や顧客接点をフルに活用した企画を展開していきたいですね。富裕層向けの銘柄開発や、蔵元さんとお客様が一緒にお酒と食事を楽しむペアリング企画なども考えられます。
大丸松坂屋・稲垣:贈答用の高単価商品は、百貨店が得意としてきた分野です。だからこそ、商品開発を含めて、小売りを継続しながら少しずつ企画を進化させていきたいと考えています。
もう一つ構想しているのが、お客様を実際に能登へお連れする企画です。お酒だけでなく、農業や漁業、美しい自然など、地域にある魅力を合わせて紹介する。商品を販売するだけでなく、現地での体験価値まで提供できれば、能登の魅力をより深く伝えられるのではないかと思っています。
今回のポップアップイベントは大きな反響をいただきましたが、私たちにとってはまだ通過点です。目指しているのは、能登の酒蔵の皆さんが能登の地で自社醸造を再開し、地域文化が継承されていくことです。
能登の酒を止めないということは、単に商品を売り続けることではなく、その味を覚えている人を増やし、造り手の存在を忘れず、再び能登の地で酒が醸される日まで、社会との接点をつくり続けることです。百貨店の売場は、そのためのひとつの入口。これからも共に協力し合い、新たな価値を生み出していきたいと考えています。

<「能登の酒を止めるな!」POP UP概要>
■開催店舗:大丸・松坂屋9店舗(東京店、神戸店、京都店、上野店、心斎橋店、札幌店、名古屋店、静岡店、福岡天神店、開催順)
■開催期間:4月1日~6月2日まで(開催期間は店舗により異なります)
■参加酒蔵(五十音順)
数馬酒造さま (石川県能登町)
鶴野酒造店さま(石川県能登町)
白藤酒造店さま(石川県輪島市)
日吉酒造店さま(石川県輪島市)
松波酒造さま(石川県能登町)
PROFILE
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鶴野 晋太郎
株式会社鶴野酒造店 14代目蔵元
石川県能登町にある1789年創業の歴史ある酒蔵の14代目。代表銘柄は「谷泉」と「登雷」で、杜氏である妹とともに能登の風土に根ざした酒造りをしている。能登半島地震の影響で、酒蔵と併設店舗、住居が全壊するなか、「谷泉の味を残したい」という強い意志のもと、全国の酒蔵の協力を得た共同醸造で酒造りを継続しています
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カワナ アキ
camo株式会社 代表取締役
コンサルティング事業を基盤に、日本酒イベント「若手の夜明け」など日本酒業界の発展に取り組む。「能登の酒を止めるな!」は、2024年能登半島地震で被災した能登の酒蔵を支援する復興支援プロジェクト。全国の酒蔵との「共同醸造」や販路支援などを通じて、能登の日本酒文化を絶やさない取り組みを牽引しています
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稲垣 貴之
株式会社大丸松坂屋百貨店 本社営業企画部 スタッフ
2007年大丸入社。東京店のバイヤーやマネジャー、JFRカードなどを経て2022年から本社。MDコンテンツ開発部で酒や商品開発の様々なプロジェクトに関わった後、2026年から営業企画部で新規コンテンツの開発を担当し、お客様の記憶に残る体験を企画している。
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土屋 巧
大丸興業株式会社 リテールビジネス部 酒類リテールチーム マネジャー
2007年松坂屋入社、名古屋店和洋酒売場に勤務。2010年大丸興業へ出向。売場ショップ長、東海・関西・東日本地区の営業担当として売場運営他、WEB通販事業、催事運営、商品開発に携わる。2026年3月より現職。