2026.07.10
「ずっと、あきない。」に込めた覚悟。大丸心斎橋店300周年に見る「場のちから」
執筆:ミノシマタカコ 編集:末吉陽子 撮影:宇津木健司
小さな呉服店から百貨店へ。心斎橋で受け継がれてきた商いの精神
──大丸心斎橋店は1726年の開業以来、一度もこの場所を離れずに商いを続けてきました。この店が持つ「場のちから」の本質とは何だと思われますか?
営業企画・藤田:大丸心斎橋店は、心斎橋筋と清水町通りの角に構えた、小さな呉服店として誕生しました。それから江戸時代の繁盛、明治期の苦境、大正期の百貨店化、火災からの再建、そして1933年に伝説の建築家であるウィリアム・メレル・ヴォーリズによる建物が完成しました。
時代を経て姿は変わりましたが、一度も心斎橋の地を離れることなく商いを続けてきました。300年の歴史は成功と挫折の繰り返しです。戦後の百貨店全盛期には多くのお客様で賑わう一方、バブル崩壊後には厳しい時期も経験しました。
それでも、隣接する旧そごう心斎橋本店跡の活用や本館建替えを経て、現在は心斎橋パルコとともに、エリア全体の賑わいを生み出す存在となっています。それぞれの時代で先達が挑戦を続けたからこそ今があると思います。

300年間人を惹きつけるチカラについて語り合う。左上から時計回りに、営業企画・藤田氏、VMD・段野氏、VMD・永井氏、営業企画・八十島氏。
──挑戦する人のちからが「場のちから」になるということですね。 大丸心斎橋店300周年事業のキャッチコピー「ずっと、あきない。」とも重なります。
VMD・段野:キャッチコピーを検討する中で、「商い(あきない)を続ける」と「飽きない=新しい挑戦を続ける」という言葉が出てきた瞬間、一気にみんなの心が一つにまとまるのを感じました。自分たちが300年ここで何をしてきて、これから何者であり続けるのかという問いに、ぴったり合致したキャッチコピーだと思います。
心斎橋店の「場のちから」については、建築そのものが放つ魅力も大きく影響していると思います。本館を手がけたヴォーリズによる設計は、アールデコやアールヌーボー、さらにはイスラム様式までを融合させた独自の空間や、象徴的な孔雀のレリーフが特徴です。この唯一無二の建築美に「場のちから」が宿っています。
この空間は、どんな企画でも、どんなアイデアでも、この空間がすべてを受け止めて成立させてしまうんです。例えば「洋風建築の中に和の提灯を飾っていいのか」とか、「歴史的な空間に現代アートを持ち込んでいいのか」といった迷いが生じそうなものですが、そういう葛藤が一切起きません。それがヴォーリズ建築の不思議なところです。
VMD・永井:だからといって、手は抜けません。何でも受け止めてくれる空間だからこそ、中途半端なクオリティのものを持ち込むと、建築の持つエネルギーとバランスが取れなくなってしまうんです。その緊張感が、常にいい仕事につながっているのだと思います。

1933年に完成したW.M.ヴォーリズ建築。外観と1階の天井とエレベーターホール。下段は現在の心斎橋店。当時の空間の魅力を今に伝えている
── 建物に負けないクオリティを求められるからこそ、作り手側も鍛えられるわけですね。妥協を許されない特別な空間で、今回の300周年事業はどのように企画されていったのでしょうか?
営業企画・藤田:企画がスタートしたときに、当時店長を務めていた小室から課されたのは、「担当者だけでなく全員で創ること」「300周年をゴールとせず、次の100年への誓いの場とすること」、そして大丸単独のプロモーションに留めず「地元を巻き込み、地域全体の価値を高める視点で取り組むこと」というミッションでした。
そこで、2024年3月から2年間、従業員やお取引先様が参加した「300周年アイデア・ミーティング」を重ねて、そこで出てきた声を積み上げて構成しました。3月は歴史、6月は街と連携したアートの展開、9月は大阪町人文化の継承、11月は非日常体験をテーマにしています。
── 300周年のシンボルに手塚治虫の『火の鳥』を、記念ロゴや新聞広告、特別ムービーなど幅広く展開されていますね。これは特別な思いがあるのでしょうか。
VMD・段野:じつは、この店のシンボルである「孔雀(クジャク)」は、もともと「不死鳥(フェニックス)」になるはずでした。大正時代の火災後、「不屈の精神で再建するぞ!」と願いを込めてアメリカのメーカーに特注したのですが、いざ届いてみたらなぜか「孔雀」になっていたというエピソードが残されています。
時を経て、2019年の本館グランドオープン時に、彫刻家の名和晃平さんが寄せた作品のテーマも「鳳/凰(Ho/Oh)」でした。大正期のフェニックスの願いから、令和の鳳凰へ。この店には、度重なる困難を乗り越えてきた「再生と飛躍」の歴史がずっと流れているんです。
300周年プロモーションチームが発足してシンボリックな存在を決める段階になったとき、会議室で一瞬にして全員が「『火の鳥』、いいやん!」と食いつきました。
── 『火の鳥』のビジュアルを使った新聞広告は、外部からも高く評価され、準朝日広告賞を受賞しましたね。
営業企画・藤田:ありがとうございます。あえて商品告知を入れず、『火の鳥』と大丸心斎橋店の歴史、そしてメッセージだけで構成しました。自分たちが何者であるかを1年かけて考えてきたメッセージを、お客様への手紙として伝えたかったのです。
紙面を広げると、背景の大阪の古地図の上に大丸があり、その上を火の鳥が飛んでいる構図です。この火の鳥は、300年間大丸を見守り続けてくれたお客様や地域そのものを象徴する存在です。

新聞紙面8ページ分の広告と孔雀のレリーフ。「『火の鳥』の原画は手塚先生の意思を受け継ぐアニメーターの方に描いていただきました」と語る藤田氏
── 『火の鳥』が登場する300周年の特別ムービーでは、ファッションデザイナーのコシノヒロコさんがナレーションを担当されています。この場所と深いゆかりのある方ですが、どのような経緯で実現したのですか?
VMD・永井:私は「火の鳥は女性のイメージだし、担当するのは女性の声がいい」と考えていました。コシノさんは初のオートクチュール・アトリエを心斎橋筋商店街に、百貨店初のブティックを大丸心斎橋店に出店された、まさにこの場所と地続きの歴史を持つ方です。
以前、ご本人にお会いした際に「何かあったら言ってね」とお声がけいただいていたこともあり、思い切ってご相談しました。結果として、火の鳥のイメージにぴったり合う、力強くも品のある素晴らしいナレーションになったと思います。
本物に触れ、歴史を歩く。館全体を舞台にした300周年の体験設計
── 2026年3月から4月にかけて、館内13カ所で「ひとます博物館 〜ここにしかない百貨の軌跡〜」が開催されました。どのような企画で、どんな考え方で設計したのですか?
営業企画・藤田:「ひとます博物館 〜ここにしかない百貨の軌跡〜」は、もっとも人の目に触れる場所を使い、江戸時代の店先を再現したブース、明治から大正・昭和期の広告ポスター、動く浮世絵のデジタル展示まで、大丸心斎橋店が歩んだ300年を館全体で巡っていただきました。
VMD・段野:こだわったのは、全館を使った回遊型の展示方法です。この店は動線がよく、各階のエスカレーター前など一番人の目に触れる場所に、展示スペースを設けることができました。1カ所に展示をまとめるのではなく、お客様に全館を歩いていただく。それは、みんなの考えでした。
営業企画・八十島:当店のお客様は若年層やインバウンドの方も多いので、そういった方々が見たときに、思わず「わお!」と驚く瞬間を絶対作りたいと思いました。博物館などで歴史の展示をいくつも見ましたが、単なる学びで終わらせず、強い記憶として残る体験にしたいと考えました。
時代順ではなく、約300年の中でインパクトのある場面を切り取って、しっかり見せたいと考えたのです。そこでビジュアルとして、デジタル要素を要所要所に入れることを提案しました。

江戸時代の店先の再現やデジタルサイネージを使った動く浮世絵など多彩な表現のひとます博物館。各階フロアで展示。1733年(享保18年)に配られた大丸最古の引き札(チラシ)、明治時代のすごろく、うちわなどのお客さまへの配布物は全て本物
── 展示には江戸時代の引札(チラシのようなもの)など、本物の史料が置かれていたと聞きました。
VMD・段野:引札などの史料をお客様の目線に近い場所で見ていただくだけでなく、江戸時代の暖簾については、実際に手で触れていただける展示にしました。この体験を提供できることこそが、百貨店の価値だと思っています。なぜなら、お客様は品物を手で触れて、初めて感動したり、欲しいと思ったりしていただけるわけですから。
営業企画・藤田:暖簾についても、あえて遠ざけるのではなく、近くで感じていただけるようにしました。お客様が「これが本物なんですか」と驚かれる場面もありました。
VMD・永井:あえて大々的に「本物です」と言わない。その価値に、お客様が最後に自分で気づくということが、300周年に限らず、じつはよくあります。フェイクではなく「いつも本物がある場所」。それが心斎橋店らしくて良いのだと思います。

江戸時代の「暖簾」や軒先にあった大きな看板などは手で触れて往時に思いをはせることができる。店是「先義而後利者栄」の掛け軸は、大丸の創業家11代目当主・下村正太郎社長直筆のもの
── 展示を巡る「重ね押しスタンプラリー」も大きな反響を呼んだそうですね。
営業企画・八十島:各フロアの展示を回りながらスタンプを押していくと、江戸時代の心斎橋を描いた浮世絵が少しずつ色づいていき、全フロアを回り終えると一枚の絵として完成する仕掛けです。浮世絵という歴史的な題材を、現代の体験型コンテンツとして楽しんでいただけるような企画です。
最初にリーフレットを8,000部発注したんですが最初の3日でなくなってしまい、急きょ追加発注し、最終的に合計3万部を配布しました。あまりにも多くの方が押してくださったので、スタンプの印面が摩耗するほどでした。

全館のひとます博物館を巡りながら、スタンプを重ね押しすると江戸時代の心斎橋店が描かれている「中井芳瀧 浪花百景 松屋呉服店」の浮世絵が完成。摺りを重ねて作りあげる錦絵の制作過程そのものを疑似体験できるしかけ
──1階の展示ブースに置かれていた、特注のマネキンも大きなインパクトがありました。
VMD・永井:江戸時代の店先を再現するため、正座してお辞儀をする「番頭さん」と、住み込みで働く「丁稚(でっち)さん」のマネキンを特注しました。番頭さんの顔は、ヴォーリズ建築の建設時代に社長だった第11代下村正太郎氏をベースにしています。
筆が持てる手になっていたり、ちゃんと着物を着て正座できる足の仕様にしたりと細部までこだわりました。一番のポイントは着物の素材です。過去をそのまま再現するのではなく、デニム生地にペンキで柄を描き、ベルトやブーツを合わせることで、「過去と現代のつながり」を表現しました。
VMD・段野:じつはこのマネキンのアイデアが出た瞬間に、難航していた展示全体の議論が一気に具体化へと動き出したんです。「これができるなら、あの史料も出せる」と、企画の起爆剤になりました。3Dプリンターを活用した現代の製造技術のおかげで、タイトなスケジュールでも会期に間に合わせることができました。
── 300周年のスタートを3月にして、有名な「桜の装飾」と重ね合わせていますね。
VMD・段野:桜の大木を大胆に使った装飾は1998年から続く伝統で、VMDチームが自前で毎年制作しているものです。300周年のスタートは桜の装飾で飾りたいと思っていました。ヴォーリズ建築の天井の下に満開の桜が広がる、本来ならありえないような光景がこの場所では自然に成立する。そこに、この店の不思議な力があります。
生木の桜を使っているフロアもありますが、1階は化粧品売場の上に広がるため、じつは造花なんです。伐採予定の古木を引き取り、それに無数の微妙に色の違う花びらを貼り付けています。ポイントは花の向き。花は太陽の方へ向きます。それを想定して花をつけていくんです。
VMD・永井:2020年のコロナ禍でも、桜の装飾を続けました。当時は花市場がストップして、出荷されるはずの桜が処分されそうでしたが、その多くを当店が引き取りました。足を運ばれるお客様は少なかったものの、日本中の桜が一堂に会する究極に贅沢で癒やされる景色をお届けできたと思っています。そんな思い入れのある桜が、300周年の幕開けにはふさわしいと強く思っていました。

「微妙に色の違う桜の造花を複数種混ぜます。桜の花は、咲き始めは白で、終わりにだんだん濃いピンクになっていきます。その風合いを表現するには、単一の造花では無理なのです」と語る段野氏と永井氏
建築、信頼、そして人の熱量。「場のちから」を次世代へつなぐ
── 桜の装飾をはじめ、歴史と建物のエネルギーに負けない装飾を創りだすというお話がありました。一方、自前でVMDチームを持つ百貨店は少なくなっていると聞きます。それでも自前にこだわる理由は何ですか?
VMD・段野:自前のVMDチームを抱える百貨店は、もう大丸松坂屋百貨店だけです。それほど希少な存在になっていますが、だからこそ、今お店で何が起こっていて、何が求められているかを、常にタイムリーに反映させることができます。
このチームは、美観を整える存在ではなく、いわば通訳のような存在です。お客様のニーズや思いを、できるだけ正しく翻訳し、デザインやクリエイティブに長けた人たちに伝えています。直接お客様とコミュニケーションを取るのは、営業の皆さんなので、その人たちが自信を持って接客できる環境を作ることがVMDの仕事です。
VMD・永井:私たちVMDチームの矜持は、リアル店舗でしかできない体験を生み出すことです。コロナ禍の時には街人通りがなく、心斎橋店も日常品(食品・化粧品)フロアしか営業していない中でも、ウインドディスプレイや店内装飾を続けていました。大赤字で本社からコストカットの指示もきていましたが、そうした状況だからこそ、街を行きかう人や買い物に来ていただけるお客様の心に大丸の感謝と意気込みを伝えるべきと継続しました。このような体験は、「心斎橋に行こう、大丸で買い物がしたい」というモチベーションに繋がるはずです。
──今回の企画をされる中で、改めて心斎橋店300年の歩みを総括されたと思います。次の100年に向けて、今どのようにお感じでしょうか?
営業企画・藤田:最初に「場のちから」について、挑戦する人のちから、建築のちからとありましたが、お客様や地域の方々、お取引先、従業員との「信頼関係」ができていたからこそ、300年この場所で商いを続けてこられたのではないでしょうか。
歴史展示の設営中も、お客様から「小さい頃にここで買い物した」と自然に声をかけていただきました。お取引先の中には、昭和初期の大丸の手ぬぐいを大切に蔵に保管してくださっている方もいました。こういった出来事のすべてが、300年もの間、この場所で積み重ねてきた信頼という「場のちから」の証しだと感じます。
営業企画・八十島:大丸心斎橋店における「場のちから」とは、建築や歴史だけでなく、人の挑戦や信頼関係が積み重なり、次の価値を生み出し続ける力です。お取引先の方と話すたびに「同じ場所で300年ですか」と言われるので、じわじわと300年の凄みを感じます。
百貨店は、その街と共に生きる存在です。心斎橋店が輝くためには、心斎橋、そして御堂筋エリア全体が魅力的でなければならない。心斎橋で長く商いを続けてきたということは、確実に次の100年もここを守らないといけないという強い思い、覚悟に変わります。300周年の企画を通じて、メンバー全員の「心斎橋店と街」への意識が、より高まっていったと感じています。

「全館の従業員、JFR史料館など多くの人の熱意と協力で300周年を迎えることができた」と語る、藤田氏と八十島氏
──その覚悟を全従業員で共有するために、インナーブランディングにもかなり力を入れられたそうですね。
営業企画・藤田:大丸心斎橋店は、自社の従業員だけでなくテナントとして入っているお取引先の従業員も大勢働いています。そういった方々も含めて300周年を「自分ごと」として捉えていただく。さらに「自分たちには何ができるだろう」というところまで熱量を上げないと、お客様に対しても300周年が実感として現れないのではないかと思っていました。
そういった中で行った象徴的な取り組みが、3月から毎朝実施した暖簾掲揚です。従業員が印袢纏(しるしばんてん=大丸の紋が入った印半纏)を着て、心斎橋筋の中央御玄関に300周年記念の暖簾を上げました。
実際に掲揚を行ったところ、お客様から称賛の拍手をいただくことができました。取り組みが終わってみると、その業務に対して従業員自身が誇りを持てるようになり、「次回もぜひ我々にやらせてほしい」という声まで上がるようになったのです。
300周年という取り組みに対して、社内における温度が一段階上がったと実感しています。
VMD・段野:暖簾を自分の手で上げるというのは、300年前のしきたりをリアルに追体験することになるので、歴史が重なるんですよ。今もその延長線上に自分たちがいるんだという感覚を得たことで、みんなが一気に「300周年」というキーワードを言い出すようになりました。

期間中毎日交代でおこなった「暖簾掲揚」。この後一礼すると、周りから拍手が起こる。訪日客も足を止める人気のパフォーマンスとなった
──ネットで何でも買える時代に、この大丸心斎橋店という場所に来なければ得られない価値、そして次の世代へ残したい「商いのバトン」について、最後にお一人ずつお聞かせください。
VMD・段野:心斎橋店はチャレンジに溢れた場です。私は何をするかじゃなくて、誰とするかが大事だということをよく言うんです。ほんの小さな装飾物を作っただけでも、一緒にやった相手次第では、それが全体に広がるものになっていきます。
人の熱量が場をつくり、その場に惹かれてまた人が集まってくる。今回の取り組みには、そんな循環が生まれているように感じました。
「ずっと、あきない。」という言葉も、ひらがなで表すことで2つの意味が重なって見えてきます。人を惹きつけ、関わる人たち自身も楽しみながら続けていける。そんな「おもろい商い」を、これからも育てていってほしいと思います。
VMD・永井:すべての根底にあるのは「愛」だと思います。商品一つ、空間一つに対しても愛を持って扱い、より良く見せる方法を考える。大丸には「先義後利(義を先にして利を後にする者は栄える)」という、まずお客様や社会にとっての義を尽くし、利はその後についてくるという精神があります。
下村正太郎社長が書かれた「先義後利」の掛け軸を見たとき、深く胸に響きました。商品一つを丁寧に扱い、その先に喜んでくださる方の顔を常に想像する。この愛を持った商いを、これからの時代も続けてほしいです。
営業企画・八十島:リアル店舗の価値は、買い物を通じた心の揺らぎやワクワク感、少し心拍数が上がるような体験だと思います。販売員はフレンドリーなのに、建物が素晴らしいから自然と少しだけカッコつけたくなる。そんな高揚感こそが百貨店です。
また、百貨店にはいろんな人を巻き込み、新しい価値を生み出す力があります。その「百貨店にしかできない巻き込み力」をずっと引き継いでほしいです。
営業企画・藤田:300年という歴史は未来への通過点です。 この長い歴史を支えてきたのは、従業員やお取引先の皆さまが紡いできた、一瞬一瞬の積み重ねに他なりません。 日々の小さなアイデア、主体的な行動、そしてお客様を想う真摯な姿勢。そのすべてが結集して、今の300年があります。
まさに、今この瞬間もその歴史の一部です。 この尊い積み重ねこそが、次の100年を切り拓く「場のちから」になると確信しています。

これまでの挑戦を受け継いでいく。お客様のご愛顧に感謝し、新たな思い出を紡いでいく。次の100年に向けて語り合う
展示資料・写真提供:J.フロントリテイリング史料館
PROFILE
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藤田 幸久
大丸松坂屋百貨店 大丸心斎橋店 営業推進部 スタッフ
1994年大丸京都店に入社。子供服やハンドバッグ売場での販売担当を経て、販売促進およびCRM(顧客関係管理)業務を経験後、京都店、心斎橋店の双方で販売促進マネジャーを務め、2025年からは、心斎橋店開業300周年プロジェクトの推進担当として企画・運営全般を担っている。
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八十島 和樹
大丸松坂屋百貨店 大丸心斎橋店 営業推進部 スタッフ
2010年大丸神戸店入社。神戸店外商アウトセールス、本社外商企画、首都圏外商部マネジャー、上海新世界大丸勤務を経て2025年から大丸心斎橋店開業300周年プロジェクトを主に担当。
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段野 正夫
大丸松坂屋百貨店 本社営業企画部VMD心斎橋店担当 スタッフ
1991年入社。梅田店、関西エリア、東京店のVMDを担当。梅田店増床計画、心斎橋北館集約計画に参画し2018年心斎橋店新店計画室VMD担当に。以降同店に本社所属として駐在し現在は心斎橋店所属となる。本プロジェクトではVMD全般と周年ヴィジュアルデザイン立案・監修を担当。
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永井 さゆり
大丸松坂屋百貨店 本社営業企画部VMD京都店担当 スタッフ
1990年大丸心斎橋店に外部出向者として勤務(現在は大丸松坂屋百貨店社員)。大丸ゴールドコースト店オープン装飾立ち上げ、大丸梅田店増床計画、心斎橋店北館集約計画等に参画しDMSA VMDスーパーバイザーに就任。2018年大丸心斎橋店新店計画室VMD担当に。以降同店VMDリーダーとなり、300周年プロジェクトでは段野と共にヴィジュアルデザイン監修を行い、とりわけ第1弾企画「ひとます博物館」VMDを担った。立ち上げ後、現在は大丸京都店VMDを担当している。