2026.03.13
社会実験「旧居留地テラスデイズ」が描く、滞在から始まる街の未来
執筆:ミノシマタカコ 編集:末吉陽子 撮影:宇津木健司
「このままでは、まずい」――危機感が突き動かした社会実験の舞台裏
――「旧居留地テラスデイズ」では、2025年11月28日(金)~30日(日)の3日間、旧居留地の公道を歩行者天国にしてテラス席を配置し、兵庫県内の人気のベーカリーやビストロ、カフェ、地元のオリエンタルホテル(現THE ORIENT)とBar&Bistro64、合計38店に出店いただきました。単なるイベントではなく社会実験として行ったのには、どのような狙いがあったのでしょうか。
株式会社大丸松坂屋百貨店 大丸神戸店 石川景子氏(以下、神戸店・石川):メンバーと「旧居留地の活性化についてどんなことができるのか」ということを話し合うなかで、3つのことを検証したいと思いました。1つ目は、「買い物してさようなら」ではなくて旧居留地の回遊性と滞在性を増やせないか。2つ目は、以前からニーズが高い飲食の提供の可能性。3つ目は、道路や公開空地といった「公共空間」を民間主導でどこまで使いこなせるかです。
しかし、これらの検証を民間企業である大丸だけで行うには限界があり、「街のためになる取り組みだ」と共感してくださる方の協賛・後援が必要でした。そこで、南さんや村上さんのような、街への強い思いを持った方々と共に「社会実験」という形で一石を投じることにしたのです。

旧居留地の街づくりに取り組む神戸店に憧れて入社した石川景子氏。旧居留地の回遊性、滞在性が課題と語る。
――業種の異なる皆様ですが、どのような経緯で参加されたのでしょうか。
南株式会社 代表取締役社長 南嘉邦氏(以下、南):最初、石川さんから「ちょっと話を」とカジュアルな雰囲気で社会実験の話を伺いました。気がついたら、もう逃げられないほど熱いプロジェクトへと発展していましたね(笑)。
旧居留地には「旧居留地連絡協議会」という組織があり、私が専門委員会の一つである都心まちづくり委員会の委員長を務めています。ただ、旧居留地連絡協議会の本質はあくまで「親睦団体」なんですね。まちづくりの景観ルールを決めるなど「守り」の基盤作りには適していますが、自ら収支に責任を持ち、リスクを取って社会実験をするような機動的な動きには向かないというジレンマがありました。

旧居留地連絡協議会の副会長も務める南嘉邦氏。「エリア活性化には機動的な動きが必要」との思いから、アーバンチャレンジ実行委員会の委員長を快諾
株式会社村上工務店 代表取締役社長 村上豪英氏(以下、村上):私は旧居留地に住まいを構え、旧居留地の隣にある東遊園地の活性化活動をしています。これは公園を良くするためだけではなく、公園の変化を神戸の都心のために活かすための取り組みでもあります。公園の次に、ポジティブな変革を起すために何をしようかと考えていたタイミングだったので、石川さんのお声がけに参加させていただきました。
というのも、今の旧居留地に足りないのは、まさに変化を創り出すための「実働組織」だと痛感していたからです。三宮エリアでは派手な再開発が進んでいますが、旧居留地は、街区整備がすでに完了しているので、行政主導の大きな投資は期待しにくいところがあります。自分たち民間が汗をかいて動かなければ、街は変わりません。そんな時に大丸神戸店の石川さんから「有志で意見交換をしませんか」とお声がけをいただいたのが、すべての始まりでした。

Park-PFI制度を使って東遊園地という公園内に施設を建てて運営するしごとや、湊山小学校(兵庫区)の跡地をつかったNATURE STUDIOという事業などに取り組む村上豪英氏。「地域力を高めるために、何ができるか」と語る
――旧居留地に対して、具体的にはどのような「危機感」を抱いていらしたのですか。
南:僕たちが子供の頃の旧居留地は、もっとワクワクする場所でした。おしゃれをして、出かけること自体が楽しみな場所だったのです。ところが今は、ブランド店や百貨店で用事を済ませたら、すぐに帰ってしまう「滞在しない街」になりつつあります。訪れた人がもう一度行きたいと思う街なのか。新しいコンテンツを仕込まなければ、次世代はここでビジネスを継げないという強い危機感がありました。
村上:私は、旧居留地だけではなく、買い物、レジャー、働く場、どれをとっても神戸の「人を呼び寄せる力」が弱まっていると感じていました。そんな中でも、旧居留地にはその状況を変えるようなポテンシャルがある気がしていたんです。これまでの神戸は、持てる力の半分も……。
公共空間を活用し、街をテラスにするという発想。思想を空間に落とし込む「編集」プロセス
――「テラスという『日常の延長線上にあるくつろぎ』を街で見立てる」という旧居留地テラスデイズのコンセプトをどのように形にしていったのでしょうか。
株式会社大丸松坂屋百貨店 本社店づくり推進部 木部崎(以下、本社・木部崎):ディスカッションの中でまず大切にしたのは、旧居留地が持つ卓越した近代建築や街路樹の美しさを背景に、ここを「通り過ぎる場所」から「滞在し、交流する場所」へと変えることでした。
「買い物だけじゃなくて何かを学ぶ。食文化みたいなことが根付く街っていいよね」と。実は、以前来街者にアンケートを取った際、ブランドショッピング以上に「カフェでゆっくり過ごしたい」というニーズが66.2%と圧倒的に高かったことが分かっていました。日常の中の非日常を楽しめる場。その姿を分かりやすく象徴する言葉として、議論の末に辿り着いたのが「テラス」でした。

「旧居留地の建築や街並みを舞台に、神戸っ子が持つ、好奇心をくすぐる社会性、文化性を強く意識して論議しました」と語る木部崎奏氏
株式会社大丸松坂屋百貨店 本社店づくり 新規プロジェクト推進担当 伊庭透一郎氏(以下、本社・伊庭):コンテンツ選びも徹底的にこだわりました。メインの一つである「パンマーケット」では、百貨店の催事のように単に有名店を揃えるのではなく、村上さんが携わる東遊園地のイベントメンバーのサポートも得ながら、実際に自分たちの足で店を回り、この社会実験の趣旨に共感してくださる店主の方々を口説いて回りました。
「この街を良くしたい」という私たちの思いに賛同してくださり、出店者さんが「ここにも声をかけてはどうか」と別のお店を紹介してくれることもあり、素晴らしい連鎖が生まれました。
お店の方から、「結構寒くなるよ」「パンだけだとすぐ帰っちゃうよ」とアドバイスをいただき、ブランケットを用意したり、一杯ずつ丁寧に淹れるコーヒーショップを配置してテラスでの滞在時間を促したり、2部制にしてパンが売り切れる夕方以降はビストロに切り替えて最長で20時まで営業したりと、時間の流れに応じたシーンづくりを行いました。
おかげで店舗数が倍増し、自分たちの仕事を増やしてしまいましたが(笑)、コンテンツのラインナップはとても充実しました。

神戸っ子はパンが大好き。基軸となるベーカリーは完売も予想して敢えて15時まで。16時以降はビストロに入替え。準備から当日の運営まで、スタッフは奔走した
本社・伊庭:空間全体のクオリティをいかに担保するかも重要な軸でした。街の方向性として「Center of Excellence(卓越の中心)」というビジョンを掲げています。こうしたビジョンのもと、多様なタッチポイントを作ることで、単なる買い物の場から、新しいライフスタイルに出会える場へと、空間価値を高めていきたいと考えました。そこで、旧居留地テラスデイズでは、タッチポイントとしてマクラーレンなどのラグジュアリーカーの展示や、循環型社会を目指す買取専門店「MEGRUS(メグラス)」のブースも展開しました。一見するとジャンルはバラバラですが、旧居留地の文脈である「進取の気性(いち早く海外文化を取り入れ発信する精神)」や、大丸松坂屋が掲げる「豊かな過ごし方」を構成する大切なピースです。

街のビジョンである「Center of Excellence」という基準に合うのか、という視点で考えた、と語る伊庭透一郎氏
――浪花町筋という公道を3日間占有したということで、運営上のハードルも相当高かったのではないですか。
南:そうですね。通常なら一筋縄ではいきませんが、「旧居留地連絡協議会」が長年培ってきた警察や行政との信頼関係があったので、円滑に実現できました。これは、地元企業がスクラムを組んだからこその成果だと思っています。
――旧居留地はビジネス街としての側面が強く、夕方以降は急に静かになる街という印象があります。今回、夜20時まで営業時間を延ばしたことで、どのような変化がありましたか。
神戸店・石川:普段なら仕事が終わればすぐに駅へ向かってしまうワーカーの方々が、この街に留まり、日常の延長としてくつろぎを楽しむ変化が見られました。「とてもいい」「いつもこういう風景ならいいのに」と立ち寄ってくださる方が多く、街の皆さんも「こういう空間は自分たちにとってもいいよね」と感じていただけたようで、社会実験として大きな収穫がありました。
本社・木部崎:「18時を過ぎたら、人通りが一気に少なくなる」というのが旧居留地の定説でした。しかし、今回の取り組みで、夜の可能性を実感しました。ライトアップされた近代建築の軒先にテラス席が並び、そこで人々が穏やかに語らう。そこには繁華街のような騒がしさはなく、皆さんがこの街の美しい風景の一部になることを楽しんでいるような、非常に洗練された時間が流れていました。これこそが、私たちが目指したハレの空気が似合う街の姿だと改めて感じましたね。

いつもの夜は通り過ぎるだけの道が、並木道と賑わいをライトが照らす特別なテラスになり、多くの方に音楽と食事を楽しんでいただいた
旧居留地の目指す未来像を共有し、実現していくステップを具体的に描いていく
――今回の社会実験を経て、どのような手応えがありましたか。
神戸店・石川:社会実験の狙いであった回遊性・滞在性の検証と公共空間の活用についても、かなり手応えを感じました。一番の驚きは、平常時と比較して浪花町筋の通行者数は約2.7倍に増加したことです。夕方以降の滞在時間も大きく変化しました。会場に足を留めた滞在者数は、平常時の約20倍という驚異的な数値を記録しました。
嬉しかったのは、これまで大丸神戸店に馴染みが薄かった層へアプローチできたことです。アンケートでは、来場者の約7割が旧居留地を訪れる機会が月に数回以下の「低頻度利用者」であることが分かりました。特に土日は、SNS広告や出店者様の発信をきっかけとした30代以下の若年層が約4割を占めており、確かな手応えを得ることができました。
一方で、出店者様からは「常設ではなくイベント時に参加したい」という回答が多く、収益性のバードルも確認することができました。
本社・木部崎:来場者からは「パリのテラスのよう」「おしゃれをして出かけたくなった」という声を多数いただき、体験価値へのおすすめ度は10点満点中平均8点という高い評価をいただきました。個人的に印象的だったのは、ワンちゃんを連れたお客様が非常に多かったことです。今回のテラス席が「ペットを含めて家族全員で楽しめる場」としての潜在的なニーズを顕在化させたのだと感じています。
単なるイベントとして楽しむだけでなく「これが日常になってほしい」という切実な要望がSNSやアンケートで数多く寄せられたことは、私たちが目指すべき方向が間違っていなかったという強い確信に繋がりました。
本社・伊庭:個人的には、他エリアとは一線を画す、旧居留地ならではの「雰囲気の質」を体感しました。賑わいのある歓楽街などでは、酔客やアルコール類の不適切な持ち込みなど、一部の来場者による行為が運営上の課題となりがちですが、そうした心配はありませんでした。この場所だからこそ成立する、質の高い空間が維持されていたと感じています。
村上:大丸神戸店の明石町筋側のカフェもそうですが、外に開かれた空間を利用される方は、周囲からの視線を意識しながら、粋でおしゃれに使いこなしたいという気持ちがあると思うんです。その感覚を運営側が大事にすることが、旧居留地を活かすことにつながるのではないかと考えています。
本社・木部崎:そうですね。来場者の方から「旧居留地は映画の主人公になれるような街だよね」というお声をいただいたのが印象的でした。

神戸らしいセンスがあふれる。映画のワンシーンのようなひととき
――大きな手応えを得た一方で、持続可能なまちづくりに向けた課題も明らかになったかと思います。
南:一つは、運営面での課題です。今回の収支は実行委員会からの持ち出しもありましたが、継続的なエリアマネジメントとして定着させるには、財源確保やマネタイズの仕組みを早期に確立する必要があります。また、旧居留地は建物オーナーが非常に多い地域ですので、私たちのビジョンにいかに多数の賛同をいただけるか。この「仲間づくり」の作業が、これからの最も大きな壁になるでしょう。
村上:今回、儲けを約束できない状態の中で「旧居留地を良くしたいんだ」という気持ちを伝えることで出店者さんに集まっていただきました。「目指す未来」は共有、共感されていると思いますが、「どういうステップで良くなっていくのか」までは明確にできていません。だから、「次はどうする」を描かないといけません。具体的に「どのエリアに、どういう系統のテナントに入ってもらうのか」というレベルまで踏み込んだ方針を、早い段階で定めておくべきだと感じました。
神戸店・石川:大丸神戸店として、旧居留地をより良くしたい思いはあっても、自社物件は少なく、これまでは周辺ビルのオーナー様へ協力をお願いするしかありませんでした。地道に活動はしてきましたが、地権者としての「場所」が少ないもどかしさは常に感じていました。
そうした中、2026年1月にJ.フロントリテイリングの子会社であるJ.フロント都市開発が、エリアの象徴的な大規模複合施設である「神戸旧居留地25番館」を取得しました。THE ORIENT(旧名オリエンタルホテル)や著名な商業ブランドが入るこの拠点を取得したことは、自らリスクを取り、地権者としてこの街の再生にコミットするというJFRグループの強い意志の表れです。
これからは百貨店としての枠を超え、ラグジュアリーだけでなく、そこから一歩踏み込んだNextラグジュアリーや、こだわりの飲食、コト消費といった、旧居留地の課題解決にもつながる新たな可能性を、自らの手で拓いていける可能性が広がります。私たちが描く理想の街並みを実現するために、より深く街の経営に関わっていくことができると考えています。

THE ORIENTやバーニーズ・ニューヨークなどが入居する神戸旧居留地25番館を取得。地域と連携しながら、自らの関与・責任も強めていく
――10年後、この旧居留地は世界の中でどのようなユニークな街になっていると想像されますか。
村上:旧居留地が「昔は良かった」と言われる場所ではなく、常に現在進行形で新しいものが生まれている街になっていてほしいです。ここに来れば常に新しいアイデアを持った人と出会い、新しい価値に出会える。そんな知的な刺激と洗練が共存する場所を目指したいですね。
神戸店・石川:大丸が旧居留地に取り組み始めてから2027年で40年になります。先人たちが創り上げてくれた街(面)を活用した取り組みは、私たちの財産になりました。これからも、次の時代のために世界中から人を呼ぶことができる街を、みんなで作り上げたいと思っています。
本社・伊庭:今回の社会実験を紹介した知人から「初めて神戸にきたけれどすごくいい街ですね」と言っていただけました。神戸の人にとっては日常ですが、今回の社会実験を通じて、「Center of Excellence」の一端を可視化できたと思います。「次回開催する時には、協賛したい」といくつもの企業様からお声を頂戴しました。単発の社会実験に終わらせずステップを描いていくことは、プロジェクト推進を担う私の役割だと考えています。
本社・木部崎:百貨店の箱の中だけで頑張っていても創り出せない世界観が旧居留地にはあります。そんな旧居留地を、パリのシャンゼリゼ、ニューヨークの5番街、東京の銀座通りのように、「あそこに店を構えたい」と憧れを喚起するような街にしたいです。そのためには、東遊園地さんのように地域活性化に取り組まれる方々とコラボレーションを深めたいと思っています。
小さなテラスから始まったこの動きを、社内外の垣根を超えた大きなうねりへと育て、これから生み出すチャレンジを、ワーカーや地域の方々にも、「あれは私たちが手掛けたんだよね」と自分事に捉えていただけるようにすることが、私たちの使命です。
南:このプロジェクトを通じて「自分も何かやりたい」という新しいプレイヤーが次々と現れ、街を勝手に盛り上げてくれる。そんな循環が生まれていけば、この街の未来は間違いなく明るいと思います。

企業や行政の再開発ではなくて、街のにぎわいを、ワーカーや市民みんなの手で。そういう思いを広げたい、と思いは尽きない

アーバンチャレンジ実行委員会を支えるメンバー。若手社員の熱量で動かしていく
PROFILE
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南 嘉邦
南株式会社 代表取締役社長
神戸・関西を中心に不動産賃貸業を営む。旧居留地連絡協議会副会長、都心街づくり委員会委員長。今回のアーバンチャレンジ実行委員会の委員長もお引き受けいただきました。
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村上 豪英
株式会社村上工務店 代表取締役社長
2012年から総合建設業 村上工務店の社長を務める。社業の枠を超えて、2011年より神戸モトマチ大学を開校。湊山小学校跡地を利活用したNATURE STUDIOや東遊園地の拠点施設整備のプロジェクトを実施。神戸の地域力を高める活動を進めています。
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石川 景子
大丸神戸店 営業推進部 マネジャー
2003年に大丸入社。神戸店で店頭の接客や、営業推進部でのPR広報担当、販売促進担当などを経て、2017年から店舗戦略を担当する。
2023年9月から営業企画マネジャーとして、戦略・店づくり・オペレーション・業績管理など担当範囲のマネジメントとまちづくりに取り組む。
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木部崎 奏
大丸松坂屋百貨店 本社店づくり推進部 新規プロジェクト推進担当部長
2006年松坂屋に入社。各店販売促進・WEB担当などを経て、GINZA SIXにてVIPサービス・戦略を担当。現職では、新規開発案件にかかわる方針・計画の立案およびプロジェクト運営に取り組む
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伊庭 透一郎
大丸松坂屋百貨店 本社店づくり推進部 新規プロジェクト推進担当スタッフ
大手デベロッパーで商業施設を含む複合開発や商業施設運営に携わり、2024年に大丸松坂屋百貨店に入社。複数プロジェクトの計画立案を進めるなか、神戸旧居留地のプロジェクトは入社時から取り組み続けている。